映画の中のシェイクスピア (目次)

  • 2018.03.13 Tuesday
  • 18:00

 

 

   シェイクスピア学科・映像文化学科共同講座

    映画の中のシェイクスピア         

      スクリーンで引用される

    シェイクスピアの名セリフ、名場面

 

     講師:広川 治 <全12回>

 

     講座内容と予定〜

 

はじめに

映画を観ていると、登場人物がシェイクスピア劇からの引用を口にすることがよくあります。コメディ、SF、アクション映画など、ジャンルを問わず、様々な映画でシェイクスピアのセリフを耳にします。主人公が俳優だったりすると、シェイクスピア劇の上演シーンまであったりします。そればかりか引用されたセリフに、その映画の重要なテーマが込められている場合もあるのです。

 

この講座では、シェイクスピア劇の映画化ではなく、シェイクスピアとは直接関係がない多様なジャンルの映画を取り上げます。普通の映画もシェイクスピアも両方楽しんじゃおうという欲張りな企画です。シェイクスピア作品からの引用が映画でどのように機能しているか、引用から見えてくるものを切り口に各作品に新たな光を当てられればと考えています。

 

なお、本講座は2017年9月16日に「阿佐ヶ谷ワークショップ」で行った講演、および同年秋季に恵泉女学園大学で担当した「映像文化」の授業を基にしており、内容・資料を改訂、追加したものになっています。講座は全12回で、2019年3月まで月1回の投稿を目指します。(2018年3月28日)

 


 

 

        <講座予定

 

        第1部

   映画で引用されるシェイクスピア

 

 第1回 シェイクスピアってヤバくない?

    『雨に唄えば』

    『エレファント・マン』

    『いまを生きる』

 第2回 恋人たちのシェイクスピア

    『いつか晴れた日に』

    『ホリデイ』

    『25年目のキス』

    『初恋の想い出』

    『美女と野獣』

    『シェイプ・オブ・ウォーター』

 

        第2部  

 映画で語られる『ハムレット』の独白

 

 第3回 軍隊でシェイクスピア?

    『勇気あるもの』

 第4回 アクション・スターがハムレット

    『ラスト・アクション・ヒーロー』

 第5回 俳優たちの『ハムレット』

    『ウィズネイルと僕』

    『世にも憂鬱なハムレットたち』

 第6回 国王のための名セリフ

    『英国王のスピーチ』

    『プリンス

     〜英国王室 もうひとつの秘密』

 第7回 宇宙の彼方のシェイクスピア

    『スター・トレックVI

      未知の世界』

 

        第3部

 名監督たちの“生きるべきか死ぬべきか”

 

 第8回 エルンスト・ルビッチ

     『生きるべきか死ぬべきか』

 第9回 ジョン・フォード

     『荒野の決闘』

 第10回 木下恵介

     『破れ太鼓』

 第11回 チャールズ・チャップリン

     『ニューヨークの王様』

 第12回 イングマール・ベルイマン

     『ファニーとアレクサンデル』

 

解説

第1部は序論的な部分でシェイクスピアの言葉や場面の具体例をいくつか見ていきます。第2部と第3部では、『ハムレット』、特に“To be or not to be, that is the question.”で始まる有名な独白を中心に講座を進めていきたいと思います。この独白はデンマーク王子のハムレットが父親を叔父に殺されたと知り、復讐を前にしてその複雑な心の内を観客に語るセリフです。この一行をタイトルにしたエルンスト・ルビッチの喜劇映画が『生きるべきか死ぬべきか』(1942)という邦題になっているように、通常「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」(角川文庫、河合祥一郎訳)というように、生か死かの選択を前にした葛藤の言葉として翻訳されています。しかし一方で「このままでいいのか、いけないのかそれが問題だ」(小田島雄志訳)という訳が示すように、自分の行動や居場所に思い悩む言葉と解釈することもできます。“be”という一語の意味は、“live”だけとは限らないからです。

 

この有名な言葉や独白は、『ハムレット』の映画化以外でも、様々な俳優が語っています。チャールズ・チャップリンが『ニューヨークの王様』(1957)で、ダニエル・デイ・ルイスが『マイ・レフト・フット』(1989)で、アーノルド・シュワルツェネッガーが『ラスト・アクション・ヒーロー』(1993)で、ベネディクト・カンバーバッチが『つぐない』(2007)で、コリン・ファースが『英国王のスピーチ』(2010)で、といった具合にその例は枚挙にいとまがありません。しかしその引用のされ方や目的、効果は千差万別です。

 

第2部以降の大まかな講座内容は以下の通りです。第3回「教室で学ぶ『ハムレット』」では、教室で『ハムレット』を詳しく教える場面を中心に物語が展開する『勇気あるもの』(1995)を取り上げます。この映画は一教師が軍隊の教養クラスで『ハムレット』を教材にし、兵士たちの意識を変えていくという物語です。そこで第3回は、できるだけ細かく映画の授業内容を解説し、映画の中の兵士たちと共に『ハムレット』という作品を勉強しながら、シェイクスピアと映画の関係をじっくりと探っていきたいと思います。

 

第4回「アクション・スターの『ハムレット』」ではアーノルド・シュワルツェネッガー主演の『ラスト・アクション・ヒーロー』を取り上げます。この映画では「“生きるべきか死ぬべきか”などと悩む暇など与えない、死ね!」と言い放つ、豪快なハムレットをシュワルツェネッガーが演じている場面があります。5回「俳優たちの『ハムレット』」では、主人公が俳優役の映画で、セリフや場面がどのように引用されているかに注目し、第6回「国王のための名セリフ」では、シェイクスピアが作品解釈の重要な鍵となる『英国王のスピーチ』について、第7回「宇宙の彼方のシェイクスピア」では、シェイクスピアの引用が多い「スター・トレック」シリーズの『スター・トレックVI /未知の世界』(1991)について考察してみたいと思います。第3部では、エルンスト・ルビッチ、ジョン・フォード、木下恵介、チャールズ・チャップリン、イングマール・ベルイマンという20世紀の名立たる映画監督たちの作品を取り上げ、シェイクスピアを切り口に、新たな視点から映画を見直すことができればと考えています。

 


 

 

      <画像付・講座予定>

 

 第1部 映画で引用されるシェイクスピア

 

 第1回 シェイクスピアってヤバくない?

 

   『雨に唄えば』  関連作品:『十二夜』

 「雨に唄えば」の画像検索結果「Twelfth Night ...」の画像検索結果   

 『エレファント・マン』『いまを生きる』

  

 

  第2回 恋人たちのシェイクスピア

 

  『いつか晴れた日に』 『ホリデイ』

     

  『25年目のキス』  『初恋の想い出』

 「25年目のキス」の画像検索結果

  『美女と野獣』『シェイプ・オブ・ウォーター』

  「beauty and THE...」の画像検索結果「Shape of water」の画像検索結果

 


 

第2部 映画で語られる

     『ハムレット』の独白

 

   第3回  軍隊でシェイクスピア?

      『勇気あるもの』

       「勇気あるもの」の画像検索結果

 

   第4回  アクション・スターがハムレット

     『ラスト・アクション・ヒーロー』

      

 

    第5回  俳優たちの『ハムレット』

 『ウィズネイルと僕』『世にも憂鬱なハムレットたち』

   「ウィズネイルと...」の画像検索結果「ハムレット ケ...」の画像検索結果

 

    第6回  国王のための名セリフ

      『英国王のスピーチ』

    「英国王のスピー...」の画像検索結果

 

   第7回  宇宙の彼方のシェイクスピア

    『スター・トレックVI 未知の世界』

      「Startrek VI」の画像検索結果

 

  第2部:名監督たちの

     “生きるべきか死ぬべきか”

 

  第8回  エルンスト・ルビッチ

     『生きるべきか死ぬべきか』

  「生きるべきか死...」の画像検索結果

 

 第9回  ジョン・フォード『荒野の決闘』

 

 

    第10回  木下恵介『破れ太鼓』

  

 

  第11回  チャールズ・チャップリン

     『ニューヨークの王様』

 「ニューヨークの...」の画像検索結果

 

  第12回  イングマール・ベルイマン

     『ファニーとアレクサンデル』

 「Ingmar bergman...」の画像検索結果「ファニーとアレ...」の画像検索結果

 


 

⇒  第1回  シェイクスピアってヤバくない?

 

 

映画の中のシェイクスピア (第1回)

  • 2018.04.01 Sunday
  • 20:00

 

 

  シェイクスピア学科・映像文化学科共同講座

    

   

 

         第1部

    映画で引用されるシェイクスピア

 

 講師:広川 治 (オンライン映画演劇大学代表)

 

 ⇒ 「映画の中のシェイクスピア」講座予定(目次)

 

 

 

          第1回 

    シェイクスピアってヤバくない?

 

2018年2月、平昌(ピョンチャン)・オリンピック。羽生結弦選手の2大会連続金メダル獲得、カーリング女子の銅メダルを受賞など、日本は数々の名場面に沸きに沸いた。そのオリンピックの閉会式でのこと。五輪組織委員会のイ・ヒボム会長が次のようにシェイクスピアを引用して閉会のスピーチを始めていた。

 

「会者定離(えしゃじょうり)のことわざのように、出会いには必ず別れがあります。シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』では、(ジュリエットが)「別れはこんなにも甘く切ない」と言いました。別れは名残惜しくもありますが、我々は2018年平昌オリンピックを大事な美しい思い出にしていきます。」(NHK同時通訳より)

 

「別れはこんなにも甘く切ない」(Parting is such sweet sorrow.) というのは、ロミオとバルコニーで語り明かしたジュリエットが別れ際に言うセリフである(2幕2場184行)。ここでの別れというのは、永遠の別れという意味ではないので、ひと時のさよならの悲しみに、甘い恋の喜びがにじんでいる。シェイクスピアの論文を書いたり、大学の授業で取り上げたりしていると、作品からの引用に敏感になっていて、思わず耳をそばだててしまうことがある。このようなスピーチはもちろん、ごく普通の映画を観ていても、登場人物がシェイクスピアのセリフをちょっと引用して何かを言うと、つい専門家の頭に戻ってしまう悪い癖がある。引用に監督の深い意図が何かあるんじゃないか、この先にシェイクスピアの劇と重なるテーマや展開が用意されているのでは…等々、大抵はそこまで深読みする必要はないのだが、中には映画のテーマやメッセージに関わる重要なメタファー(隠喩)として用いられている場合もあるので、一概に無視はできない。

 

この講座では、シェイクスピアの戯曲と映画化作品の違いを比較するのではなく、コメディ、ラブ・ストーリー、サスペンス、SFなど、様々なジャンルの映画で引用されているシェイクスピアのセリフや場面、あるいは作者“シェイクスピア”への言及に注目してみたい。ではどのような作品でどのように引用、言及されているのか。まず初回は多様な引用の例を以下の映画に概観してみたい。カッコ内の題名が言及、引用されているシェイクスピアの作品名である。

 

 雨に唄えば

 (“シェイクスピア”/ジュリエット/マクベス夫人/リア)

 エレファント・マン

 (『ロミオとジュリエット』)

 いまを生きる

 (『ジュリアス・シーザー』/『夏の夜の夢』)

 


 

『雨に唄えば』

まず初めに、映画の中でシェイクスピアという名前や作品への何気ない言及がある例として、ハリウッド黄金期のミュージカル・コメディ『雨に唄えば』(Singin’ in the Rain, 1952)を見てみたい。ミュージカル俳優のジーン・ケリーが傘を手にして雨の中歌い踊る場面が有名だが、コメディ映画としても優れていて、映画業界の裏幕を面白おかしく見せてくれる。アメリカ映画協会がミュージカル映画史上のベスト25のベストワンに選んでいる傑作である。

 

主人公はドン・ロックウッドというサイレント時代の映画スター (ジーン・ケリー)。彼は女優志願のキャシー(デビー・レイノルズ)と出会い、恋におちる。だが最初は仲が良くなく反発し合うのが、ラブ・コメディの常套手段というもの。キャシーは言葉を伴わないスクリーンの演技をバカにして「セリフを聞かせてこそ演技というものよ。シェイクスピアとかイプセンとか」と強く出る。

 

 

  "Acting means great parts, wonderful lines,

    speaking of glorious words, Shakespeare,

    Ibsen."

 

すると負けじとばかりドンは、シェイクスピアの登場人物の名を口にして、まだ売れない女優のキャシーにやり返す。

 

 ドン: 君がブロードウエイで舞台女優? 楽しみだね、君の評判を聞ける日が。キャシー演じるジュリエット、マクベス夫人、それにリア王。もちろんヒゲをつけなきゃダメだ。

   (Don: Oh, you're going to New York and then some day we'll all hear of you, won't we?  Kathy Selden as Juliet, as Lady Macbeth, as King Lear.  You'll have to wear a beard for that one, of course.)

 

この時は見事にやり返したつもりのドンだったが、皮肉な事に映画はトーキーの時代を迎える。映画に音声が開発され、俳優にとってセリフが重要なものになってしまうのだ。ドンの共演相手の人気女優の声が笑えるほど裏返ったものだった事から、新人女優のキャシーが影の吹替として起用される。キャシーは持ち前の演技力を発揮して、映画は破綻をきたす事なく無事公開となる。観客はあくまでも女優本人の声だと思って観ているので、キャシーはあくまでも縁の下の力持ちでしかない。とは言え、結局「セリフを聞かせてこそ演技」と言っていたキャシーは正しかった事になるのだ。

 

さらにこの映画では、シェイクスピアの名前が登場する場面がもう一か所ある。それはミュージカル・ナンバーの一つ「みんなを笑わせよう」(Make’em Laugh)の歌詞の一節。この歌ではコズモというドンの友人が「シェイクスピア役者では批評家にほめられても食べていけない」( Now you could study Shakespeare and be quite elite.  And you charm the critics and have nothin' to eat. )。だから役者になるなら大衆に受ける喜劇役者が一番と歌い、踊りまくる。

 

  

    ドナルド・オコナー (♪  Make'em Laugh )

 

ここでドンの友人を演じているのがドナルド・オコナー。その軽やかな身のこなしとおかしな表情は圧巻で、ミュージカル映画史上、最もコミカルな場面かもしれない。ただし一応弁護しておくと、シェイクスピアの作品が笑いに無縁なわけがない。大抵の喜劇には必ず大爆笑となりうる場面も用意されている。『夏の夜の夢』の職人ボトムが妖精のいたずらによって、頭がロバの男に変身させられてしまう場面、あるいは『十二夜』で執事のマルヴォーリオが偽のラブ・レターにだまされ、手紙の指示通りの恰好(黄色い靴下に十字の靴下止め、にやけた表情)で登場する場面、等々…。悲劇でさえ皮肉やジョークを言う役があり、結構観客を笑わせるものである(『ハムレット』の墓掘りや『リア王』の道化など)。

 

『十二夜』の黄色い靴下と十字の靴下止めの場面は、YouTubeでロンドン・グローブ座カンパニーの公演映像を見る事ができる。17世紀の劇場を再現した木造劇場の舞台で、当時と同じように全員男性で『十二夜』を演じている。執事マルヴォーリオの豹変ぶりに驚くのは、彼が仕える女主人である伯爵家の令嬢オリヴィア。演じているのは初代グローブ座芸術監督だったマーク・ライランスである。このカンパニーはブロードウエイでも公演し、マーク・ライランスはトニー賞を受賞。その後スティーブン・スピルバーグに抜擢されて『ブリッジ・オブ・スパイ』に出演。トム・ハンクスを相手にロシアのスパイ役を好演し、アカデミー賞助演男優賞を受賞している。

 

爆笑場面だけがシェイクスピア喜劇の面白さではないが、大衆の笑いを引き出している恰好の例として、このグローブ座カンパニーの映像をYouTube でぜひ味わってほしい高尚な劇作家としてその名を引用されることも多いが、『雨に唄えば』の300年以上も前に、シェイクスピアは現代の観客を笑わせる劇を書いていたのである。果たして日本の学生が観ても「シェイクスピアってマジ、ヤバくない?」(アメリカ人ならAwesome!)と思うだろうか、あるいは「めちゃ笑える!」だろうか。『十二夜』は日本でも繰り返し上演されてきたが、2018年4月には演劇集団円(演劇集団円ホームページ参照)が上演する予定である。

 

 Twelfth Night(Shakespeare’s Globe)

  

  スティーブン・フライ(マルヴォーリオ)

  マーク・ライランス(オリヴィア)

 

<注釈>

アメリカ映画協会

アメリカ映画協会 (American Film Institute)は、オールタイムのベストを各ジャンル別および総合で選出している。2002年に発表されたのはミュージカル・ベスト25。個人的には『メリー・ポピンズ』『サウンド・オブ・ミュージック』『マイ・フェア・レディ』『ヘアスプレー』『レ・ミゼラブル』『ラ・ラ・ランド』あたりはぜひベスト25に入れたいところ。順位はともかく、他に自分が選ぶとしたら、『南太平洋』『ウエストサイド物語』『シェルブールの雨傘』『スウィート・チャリティ』『キャバレー』『屋根の上のバイオリン弾き』『ジーザス・クライスト・スーパースター』『コーラスライン』『美女と野獣』『シカゴ』『ドリーム・ガールズ』『オペラ座の怪人』『マンマ・ミーア!』『プロデューサーズ』『アクロス・ザ・ユニバース』『魔法にかけられて』『塔の上のラプンツェル』『アナと雪の女王』『グレイテスト・ショーマン』あたりだろうか。
 →
AFI's 25 greatest Movie Musicals of All Time

 

イプセン

ヘンリック・イプセン (1828-1926) は近代演劇の父と称されるノルウェーの劇作家。19世紀の既存の道徳観念を超えた新たな生き方を作品に綿密に描きこみ、社会に波紋を投じた。代表作は、幸福な家庭の妻という役割を与えられていた女性が、自立した存在として新たに生きようとするまでを描いた『人形の家』(1879)。日本でシェイクスピアの次に、上演回数が多いのは、チェーホフかイプセンだろう。最近の上演には、2017年12月の『ペールギュント』(世田谷パブリックシアター/浦井健治主演)、2018年4月の『ヘッダ・ガブラー』(シアターコクーン/寺島しのぶ主演)、2018年5月の『人形の家』(りゅーとぴあプロデュース/北乃きい主演)などがある。

 

ジュリエット、マクベス夫人、それにリア王

ジュリエット(『ロミオとジュリエット』)は14歳という設定なので、やはり清純派の若手女優が映える役。アメリカの映画化では、オーディションで選ばれたクレア・デインズがレオナルド・ディカプリオのロミオを相手に演じ(1996)、日本の舞台では1986年に、南果歩がジュリエットを演じ (ロミオは真田広之)、佐藤藍子が大沢たかおのロミオを相手に(1998)、石原さとみが佐藤健のロミオを相手に(2012)、ジュリエットを演じている。マクベス夫人(『マクベス』)は主君を暗殺する将軍を手助けする妻という怖い役どころなので、演技派女優の迫力がひしひしと伝わってくる事が多い。かつてはジュディ・デンチがロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの舞台で(1976)、日本では、麻美れい(1987, 89)、大竹しのぶ(2001, 02)など。リア王は娘に裏切られる老王だが、男女の性別を超えた表現に長けたベテラン女優が演じる事もある。昨年イギリスでは、70年代に映画女優としてその名を世界に知られたグレンダ・ジャクソンが25年ぶりに舞台に復帰。81歳にしてこの大役を演じて、イブニング・スタンダード賞の女優賞を受賞している。

 

Awesome!

「ヤバい」が「危険」「不都合」の意味だけでなく、「すごい」のような意味としても使われてきているように、“awesome”も元々は「恐ろしい」「畏敬の念を起こさせる」という意味だったが、アメリカの俗語では「すごい!」「ヤバッ!」というような意味でも使われている。ただしイギリス人の中には好ましくないと思う人もいるようだ。アメリカ映画『ジュリエットからの手紙』(2010)では、主人公のアメリカ人、ソフィー(アマンダ・セイフライド)に対して、ケンブリッジ出身の若い弁護士チャーリーが、「正直言って、“スゴイ”とか“ヤバい”なんて言葉を使う女性、祖母は関心ないと思うけどね」(I honestly think she has no interest meeting a woman that can manage to jam, “Oh, my God” and “awesome” into the same sentence.) と皮肉っぽく嫌悪感を表わしている。ちなみに『ジュリエットからの手紙』は『ロミオとジュリエット』の舞台、イタリアのヴェローナを中心として展開する現代のラブ・ストーリー。観光名所となっている“ジュリエットの家”から物語は始まり、バルコニーで愛を語るロミオとジュリエットをパロディーにした場面もある。

 


 

『エレファント・マン』

次は、映画の中でシェイクスピアの一場面が朗読される例。『エレファント・マン』(The Elephant Man, 1980)は、19世紀末、身体に異常をきたした奇形児として育ち、見世物小屋で「象男」として見世物にされていたジョン(ジョゼフ)・メリックという実在の青年が主人公。ジョンは高名な外科医に保護され、世間の同情と関心を集め、一躍有名人となる。すると慈善活動に熱心だった舞台女優、ケンドール夫人(アン・バンクロフト)が彼を訪ねてきて『ロミオとジュリエット』の本をプレゼントする。本を開いたジョンはロミオのセリフを朗読し始め、ケンドール夫人はジュリエットのセリフを暗誦する。場面は舞踏会でロミオがジュリエットの手を取る二人の出会いの場(注1:1968年の映画『ロミオとジュリエット』参照)である。

 

 

 

ロミオ 僕の卑しい手が聖者を汚したのが

  罪なら

 僕の手が行った粗野な振る舞いを

 顔を赤らめた巡礼である僕のくちびるは

 優しい接吻で補おうと、待ち構えている

ジュリエット 巡礼さん、それはひどい扱い

 それは敬虔な心の表れ

 聖者の手は巡礼が触れるもの

 手のひらを重ねキスを。

(ロミオ: 聖者も巡礼も唇があるはず。

 ジュリエット: 巡礼さん、

  くちびるはお祈りのために)

ロミオ: 聖者よ、それならば手のひらでなく

 唇でキスを。お祈りします。

 信仰が絶望に変わらぬように。

 

*引用は映画字幕より。カッコ内の2行は、映画では省略されているので補って翻訳した

 

この朗読が終わると夫人は優しくジョンの頬にキスをして言う。「あなたはエレファント・マンなんかじゃない。あなたはロミオよ」。ジョンの目からは思わず一筋の喜びの涙が流れ出る。

 

 

 

ケンドール夫人はジョン・メリックと同様に19世紀に実在した女優。マイカル・ハウエル、ピーター・フォード著 『エレファント・マン - その真実の記録』(本戸淳子訳、角川書店、1981)によれば、夫人はジョンと実際に交流をあり、互いに贈り物も交換し合っていたという。ただし『ロミオとジュリエット』の本を贈ったかどうかは定かではない。ジョンは聖書を暗誦したり、本を読むのが好きだったようで、映画でも文学や芸術を愛する青年として描かれている。

 

ジョン・メリックを主人公にした作品には、映画の他に、バーナード・ポメランスのよる戯曲『エレファント・マン』(1977初演)がある。ただし映画はこの戯曲の映画化ではなく、監督のデヴィッド・リンチを含む複数の脚本家によるオリジナル脚本によるものである。戯曲にもケンドール夫人がジョンを訪ねる場面があるが、『ロミオとジュリエット』は朗読される事はない。ただし二人の間で作品は議論の対象となっている。ロミオが劇の終幕で自殺してしまうのは、彼女への愛よりも悲劇的な恋愛という自分の幻に惑わされたからで、それは自己愛だという趣旨の解釈をメリックは論じる。映画に比べると、戯曲版のメリックの方が、より知的で議論を好み、鋭い感受性を持った人物として描かれている。その結果、彼には平凡な人物には見えない、愛や優しさの虚構が見えてしまうのである。注2:戯曲版『エレファント・マン』からの引用

 

映画では終盤に、夫人がジョンを劇場に招待する。そこで上演されるのはシェイクスピアではないが、舞台をジョンは楽しみ、彼が幸福な余生を送った余韻を響かせて映画は終わる。戯曲版では、ジョンの孤独を際立たせる話題として『ロミオとジュリエット』が使われ、映画『エレファント・マン』では、逆にシェイクスピアの言葉は、生きる喜びを知るきっかけのセリフとして使われている、という大きな違いがある。

 

シェイクスピア作品の朗読が主人公の生き方、考え方に深く関わっている映画は他にもいくつかあるが、その中に『顔のない天使』(The Man Without Face, 1993)というメル・ギブソン主演の映画がある。父親を亡くし、母親が離婚と再婚をくり返してばかりで、心の拠り所を失った少年が村のはずれに住むマクラウドという男と出会う。マクラウドは事故で顔半分にひどいやけどの跡が残っており、村の人々は彼を怪人とまで呼んで疎んじていた。だがマクラウドは少年に家庭教師として、勉強はもちろん生きていくうえで大切な考え方も教えていき、疎外されていた二人の交流が深まっていくという物語である。

 

マクラウドが少年に教えたものの一つにシェイクスピアがあった。映画には『ヴェニスの商人』を二人で朗読する場面がある。朗読されるのは、4幕1場の裁判の場面。マクラウドがシャイロック、少年がヒロインのポーシャを朗読する。この場面で『ヴェニスの商人』が選ばれているのは、ユダヤ人であるシャイロックがキリスト教社会で疎外された存在として解釈されうるからだろう。シャイロックは借金の返済を証文通りに要求し、返済できなかったのだから胸の肉1ポンドをもらうと裁判で強く要求する。本来は喜劇の中の悪党役とすればいいのだが、現代的な視点からはユダヤ人の悲劇として解釈、演出される事も少なくない。明らかにマクラウドは自分とユダヤの商人とを重ね合わせて読んでいる。少年はこの時点では、彼の疎外感まで察する事はできないが、コミック版の『マクベス』を読んだり、シェイクスピアに強い関心を示すようになる。ただし物語はこの朗読場面を境に人間のより深い内面に入っていく事になるのである。

 

    

 

<注1>  映像で見る『ロミオとジュリエット』

『ロミオとジュリエット』を初めて観るならば、原作劇をみずみずしい感性でロマンティックに演出したフランコ・ゼフェレッリ監督による映画化(1968)が最適。DVDや配信で、または出会いの場だけならYouTubeで味わえる。

 

    Romeo and Juliet (1968)

     〜The Lips and Kiss and Sin Scene〜

   

 

<注2>  戯曲版『エレファント・マン』 

以下がバーナード・ポメランスの戯曲でメリックとケンドール夫人が『ロミオとジュリエット』について語る場面。ケンドール夫人がジョンに「読書好きだそうね」と尋ねてからの会話である。

 

 メリック 今、『ロミオとジュリエット』を読んでいるんです。

 ケンドール夫人 あぁ。ジュリエット。すばらしいお話ね。私、恋物語が大好き。

 メリック ぼくも恋物語が一番好きです。もしぼくがロミオだったら、どうすると思いますか?

 ケンドール夫人 どうするの?

 メリック 鏡をかざして、彼女の息を調べたりしない。

 ケンドール夫人 ジュリエットが死んだように見えたので、鏡をかざして息を調べるという場ね、それで鏡には…

 メリック 何も映らない。どんな気がします? ただ何も見えないからって、彼が自殺するところ。(…中略…) ロミオは脈をとってみますか? きちんと確かめますか? いいえ。自殺するだけだ。彼女のことをきにかけていないから、幻にだまされるんです。彼が考えているのは、自分のことだけ。もしぼくがロミオだったら、きっと、二人で逃げ出したでしょうね。

 ケンドール夫人 でも、そうしたらお芝居にならないわ、メリックさん。

 メリック もし愛していなかったのなら、なぜお芝居にする必要にあるんです? 鏡をのぞいて、何も見えない。それは愛じゃない。かってに見ていた、幻だったんだ。幻が消えたら最後、自殺しなくてはならなかった。

 (山崎正和訳『エレファント・マン』河出書房新社、1980、p. 52-54)

 

『戦場のメリー・クリスマス』にも出演した歌手・俳優のデイヴッド・ボウイがメリックを演じたブロードウエイの舞台の映像がYouTubeにアップされている。この作品ではメイクアップなどでメリックの顔を再現せず、俳優が身体の動き方と話し方で奇形を表現する。ここではト書きには指定がないが、メリックは読んだ『ロミオとジュリエット』の本を手にしている。参考までに日本では、市村正親(1981, 劇団四季)、藤原竜也(2002, ホリプロ)らがメリックを演じている。

 


 

『いまを生きる』

登場人物の生き方にシェイクスピアが深く関わってくる作品と言えば、やはり『いまを生きる』(Dead Poets Society, 1989)だろう。今は亡きロビン・ウィリアムズが教師を演じた感動的な青春映画である。彼が教師キーティングは、就任後の最初の授業の中で、これからシェイクスピアを勉強すると話す場面がある。すると生徒たちのいかにも嫌なリアクションが表情とため息で伝わってくる。英米の学生にとって、シェイクスピアは古典の授業であり、17世紀のイギリスの英語は注釈なしでは理解しずらい。したがって苦痛で退屈だと思うのも無理はない。ただしこの映画のキーティング先生は、シェイクスピアのセリフの一節を俳優のものまねで演じてみせ(注1)、生徒たちの興味を引き付けている。映画俳優になる以前はスタンド・アップ・コメディアンで、実際にものまねを得意としていたロビン・ウィリアムズらしい、おかしな場面である。キーティング先生は思いのままに今という時を精一杯生きろと生徒たちを鼓舞し、文学作品の面白さを生徒たちに熱っぽく教え始める。すると生徒たちは先生の影響を受けて、この世を去っても、その言葉が今も生き続ける詩人たちの作品に関心を持ち、仲間で集まって朗読し合うようになる。これが「死せる詩人の会」で映画の原題となっている。

 

  

           (写真上) ロビン・ウィリアムズ

 

そんな中、特に強く先生に感化された生徒の一人が『夏の夜の夢』の舞台の発表会で妖精パックを演じる事になる。パックはいたずら好きの妖精だが、劇を締めくくる口上も述べる重要な役。彼は観客への挨拶を兼ねた最後のせりふを生き生きと語り、観客から拍手喝采を浴びる。ここでは束の間ではあるが、シェイクスピアを演じる事が“いまを生きる”喜びの一つとして描かれている。

 

  

 

  『夏の夜の夢』5幕1場より(パック)

   われら役者は影法師、

   皆様がたのお目がもし 

   お気に召さずば ただ夢を

   見たと思ってお許しを。

     (…)

   それでは、おやすみなさいまし。

   皆様、お手を願います、

   パックがお礼を申します。

   (小田島雄志訳/白水社)

 

以下、映画の後半に起こる意外な展開についてふれていくので<ネタバレ注意>である。今、束の間という言い方で生きる喜びの例を説明したが、この学生は上演後に、医学校への道を息子に課している厳格な父親に演劇を禁じられて、上演後に退学を言い渡され、悲しみのあまり自殺してしまうのだ。映画の観客にとってもこれは「いまを生きる」喜びから厳しい現実に戻されてしまう悲しい場面である。この映画をはじめ『レナードの朝』『パッチ・アダムス』『グッド・ウィル・ハンティング』など、多くの映画でヒューマンな感動を与えてくれたロビン・ウィリアムズも後年、病気を患って思い悩み、2014年に自らの手で命を絶ち、帰らぬ人となった。改めて『いまを生きる』を見直すと複雑な思いにかられるが、どんな形にせよ、人の生きる先にはどこかで死が待っている事は否定できない。

 

西洋の概念にラテン語の“memento mori”という言葉がある。「死を思え」という意味のこの表現は、キリスト教では来世の天国と地獄を思うための言葉となったが、元々は死を強く意識することによって生を再認識し、今あるこの時を大切にする思想を表わした言葉だった。ラテン語の別の表現には“carpe diem”(今を生きろ)という言い方もあり、キーティング先生もこの表現を引用し、英訳したメッセージを “Seize the Day.”(今を生きろ) と生徒たちに伝えていた。

 

シェイクスピアの作品に基本精神のようなものがあるとすれば、それはやはり「いまを生きる」という考え方ではないだろうか。悲劇では主人公をはじめとして、多くの登場人物が命を落とすが、観客に絶望してもらおうと思って、シェイクスピアは作品を書いたわけではないだろう。非道な行為や絶望的な状況を前にして、客観的に人間を理解し、今ある生き方や世界を見直すという事が、作品を読んだり、舞台を観たりする意義なのではないか。喜劇でも、死と隣り合わせの危機的な状況や辛い思いは常に作品に描かれている。だからこそ、生きる事を貫いた恋人たちの結婚で終わるエンディングに、見る者の気持ちは高揚するのである。

 

〈注1〉 ロビン・ウィリアムズの物まね

最初は“O Titus, bring your friend hither.” (タイタスよ、お前の友をここへ連れてくるがよい)というセリフだが、これは『タイタス・アンドロニカス』第5幕第3場にあるサターナイナスの“Go fetch them hither to us presently.”を言い換えたもののようである。ただしこのセリフは俳優のまねではなく、あえて英国の舞台俳優風の言い方をしてみせ、前振りにしている。ものまねとして引用するのは『ジュリアス・シーザー』のアントニーが群衆に勢いよく語りかける有名なスピーチの冒頭「友よ、ローマの市民よ、国民よ、耳を貸してくれ。」(Friends, Roman, countrymen, lend me your ears.)という一節。ロビン・ウィリアムズはこのセリフを映画『ゴッドファーザー』(1971)でマーロン・ブランドが演じた年老いたマフィアのボス風に言ってみせる。和訳であえて表現するとしたら、「友よ〜、ローマのしみんよ〜、コクミンよ〜、みみを貸してくれんかの〜」と言ったところか。日本なら志村けんのバカ殿だと思えばいい。次が『マクベス』の「目の前に見えるのは短剣か?」(Is this a dagger I see before me.)というセリフ。これをジョン・ウエインが演じる西部劇のガンマン風に「クソっ!目の前に見えやがるのは短剣かよ!」といった感じで言い放ち、学生たちに受けている。

 

 

 → 第2回「恋人たちのシェイクスピア」へ

 → 第3回「軍隊でシェイクスピア?」へ

 → 映画の中のシェイクスピア/講座予定(目次)

 

 


 

 

シェイクスピア 愛の名言集

  • 2018.05.10 Thursday
  • 20:50

 

     シェイクスピア 愛の名言集

 

作品名に続くカッコ内の数字は第何幕(Act)第何場(Scene)か、セリフがその場面の何行目にあるか(line)、どの登場人物のセリフかを示す。原文はThe Alexander Text (1951)より引用。翻訳は拙訳による(広川)。「恋の喜び」と「恋愛のトラブル」をテーマに各9つのせりふを引用。

 


 

 

  PART 1 恋の喜びを語る9つの名せりふ 

 

 

 1. 恋の始まりは、変わりやすい4月の天気

   のようだ。

  O, how this spring of love resembleth

  The uncertain glory of an April day!

  ― The Two Gentlemen of Verona

   (1, 3, 84-85, Proteus)

    

 2. 自分から求めて得た恋もよいが

  相手から求められた恋の方がずっとよい。

  Love sought is good, but given unsought,

     is better.

  ― Twelfth Night

    (3, 1, 153, Olivia)

 

 3. 恋人に会う時は、授業が終わった時の

   ように浮き浮き気分。

  でも恋人と別れる時は、学校へ行く時の

   ように沈んだ気分。

  Love goes toward love, as school-boys

   from their books,

  But love from love, toward school

   with heavy looks.

  ― Romeo and Juliet,

   (2, 2, 156-57, Romeo)

 

 4. 恋する者は、自分にできる以上の事をして

   みせると誓うもの。

  All lovers swear more performance than

   they are able.

  ― Troilus and Cressida

   (3, 2, 81, Cressida)

 

 5. 狂人も、詩人も、恋人たちも、

   みな想像力に支配されている。

  The lunatics, the lovers, and the poets,

  Are of imagination all compact.

  ― A Midsummer Night’s Dream

   (5, 1, 7-8, Theseus)

 

 6. 恋は明日のものでなし、

   今この時の喜びなり。

  What is love?  ’Tis not hereafter;

  Present mirth hath present laughter.

  ― Twelfth Night

   (2, 3, 46-47, Clown)

 

 7. 愛は目で見るものではなく、

   心で見るもの。

  Love looks not with the eyes but

   with the mind.

  ― A Midsummer Night's Dream

    (1, 1, 234, Helena)

 

 8. 愛するのもほどほどに。

   長続きする恋はそういうもの。

  Therefore love moderately:

   long love doth so.

  ― Romeo and Juliet

   (2, 6, 14-15, Friar)

 

 9. 恋が盲目というのなら、

   暗い夜こそふさわしい。

  If love be blind,

  It best agrees with night.

  ― Romeo and Juliet

   (3, 2, 9-10, Juliet)

 


 

 

 PART 2 恋愛のトラブルを語る9つの名せりふ

 

 1. 恋は盲目だから、恋人たちは自分たち

   している愚かな事が見えない。

  Love is blind, and lovers cannot see

  The pretty follies that themselves commit.

  ― The Merchant of Venice

   (2, 6, 36-37, Jessica)

 

 2. 誠の恋の道は、なかなか思うように

   進まないもの。

  The course of true love never did

   run smooth.

  ― A Midsummer Night’s Dream

    (1, 1, 134, Lysander)

 

 3. 恋は優しいものではない。激しく

   荒々しく乱暴に人の心を揺らし、

   茨のごとく人を刺す。

  Is love a tender thing?  It is too rough,

  Too rude, too boist'rous; and it pricks

   like thorn.

  ― Romeo and Juliet

   (1, 4, 25-26, Romeo)

 

 4. 愛する心を見せないのは愛してない証拠。

  愛を見せびらかすのは愛情が少ない証拠。

  They do not love that do not show

   their love.

  O, they love least that let men know

   their love

  ― Two Gentlemen from Verona

   (1, 2, Julia & Lucetta)

 

 5. どれくらいなどと言える愛は

   卑しいものだ。

  There’s beggary in the love that can be

   reckoned.

  ― Antony and Cleopatra

   (1, 1, 14-15, Antony)

 

 6. 愛情を示さないでいると、

   愛されなくなってしまう。

  The ostentation of our love,

   which left unshown

  Is often left unloved.

  ― Antony and Cleopatra

   (3, 6, 52-53, Caesar)

 

 7. 恋とは何て力強いものだろう。

   野獣を人間に変えてしまう事もあれば、

   人間を野獣に変えてしまう事もある。

  O powerful love!  

  That in some respects makes a beast

    a man; in some other a man a beast.

  ― The Merry Wives of Windsor

   (5, 5, 4, Falstaff)

 

 8. 恋は影法師のごとく、

   いくら追っても逃げていく。

   逃げれば追ってきて、

   追えば逃げてしまう。

  Love like a shadow flies when substance

   love pursues;

  Pursuing that that flies, and flying

   what pursues.

  ― The Merry Wives of Windsor

   (2, 2, 187-88, Ford)

 

 9. 男が恋をささやく時は4月のよう。

   だが結婚してしまえば12月。

   女は結婚前は5月のよう。

   しかし結婚後は空模様が怪しくなる。

  Men are April when they woo,

  December when they wed;

   maids are May when they are maids,

   but the sky change when they are wives.

  ― As You Like It

   (4, 1, 131-34, Rosalind)

 


 

恋人たちのシェイクスピア (1)

  • 2018.05.13 Sunday
  • 18:00

 

  シェイクスピア学科・映像文化学科共同講座

 

    

 

 第1部映画で引用されるシェイクスピア

 

     講師:広川 治 <全12回>

   

      ⇒  講座概要・予定へ

 

 

 

         第2回 

    恋人たちのシェイクスピア

 

  <目次>

 

  いつか晴れた日に

  (ソネット116番)

  ホリデイ

  (十二夜ヴェニスの商人夏の夜の夢)

  25年目のキス

  (お気に召すまま/ヴェニスの商人)

  初恋の想い出

  (ロミオとジュリエット)

  美女と野獣

  (ロミオとジュリエット)

  シェイプ・オブ・ウォーター

  (“シェイクスピア”)

 


 

『いつか晴れた日に』

ラブ・ストーリーでシェイクスピアの作品が引用され、恋人同士の間で共有され、二人の仲が深まっていくきっかけとなる映画がある。『いつか晴れた日に』(1995)の原題は『分別と多感』(Sense and Sensibility)。18世紀イギリスの小説家ジェイン・オースティンの同名小説の映画化である。理性的で何事にも慎重なエリノア・ダッシュウッド(エマ・トンプソン)の妹マリアンヌ(ケイト・ウィンスレット)は姉と正反対の性格で、情熱的な世界に憧れを抱いている行動的な女性。ある日、マリアンヌは丘を駆け巡り、勢い余って転んでしまい、足を挫いてしまう。するとちょうどそこへ若い男性が通りがかり、彼女を家まで抱きかかえて運んでくれたうえ、心配なので翌日また様子を伺いに訪れると言って立ち去る。近隣の屋敷に移ってきたばかりのウィロビーというその男性は、貴公子のごとく野花を手に翌日現れる。そこでウィロビーが注目したのが、テーブルの上に置かれていたシェイクスピアの『ソネット集』(ソネット=14行詩)。彼はマリアンヌにお気に入りの詩は何番かと尋ね、116番だと彼女が答えると、その詩を暗誦し始める(翻訳:字幕より)

 

 Let me not to the marriage of true minds

 Admit impediments. Love is not love

 Which alters when it alteration finds,

 Or bends with the remover to remove.

 O no! it is an ever-fixed mark

 That looks on tempests and is never shaken;

 

  誠実な人の結婚に

  障害はない。

  移り気で別の相手に心惹かれるようでは

  愛とは言えない。

  愛とは不動の標識で、

  どんなに激しい嵐が吹き荒れても…

 

このあたりでウィロビーは続きを思い出せず、マリアンヌと共に思い出そうとする。彼はポケット版ソネット集まで持ち歩いており、別れ際にプレゼントだと彼女に渡して去っていく。

 

『ソネット集』(1609)は全154編中、そのほとんど(ソネット第1番から126番まで)が、シェイクスピアが詩を献じた青年に語りかける内容のソネットとなっている。青年の美しさを賛美したり(18番「君を夏の日の一日にたとえようか…」)、人生の何たるかを説いたり、結婚を勧めてみたりと、時に恋人のように、またある時は父親、そして哲学者のように語りかけて詩を綴っている。実際のところ、どういう関係の人物に献じた詩なのか不明なため、同性愛を読み取る事もできれば、架空の人物を設定した「時と愛」を主題にしたドラマと解釈する事もできる。いずれにしても、各ソネットは普遍的な愛や人生を歌った一編の詩として時代を越えて読まれてきている。

 

文学好きな二人はこの出会いをきっかけに仲を深め、楽しい夏のひと時を共に過ごす。しかし映画の後半、マリアンヌにとって「愛とは不動の標識」ではなくなってしまう。彼女が再びこのソネットを口にする場面が映画後半に用意されているが、その文句は丘の上から空ろに響くものになってしまう。

 

原作『分別と多感』は同じ作者の代表作『高慢と偏見』や『エマ』に比べると、やや平板で地味な展開の小説である。だがエリノアを演じたエマ・トンプソンによる脚色(アカデミー賞脚色賞を受賞)はロマンティックな要素を強調し、物語をドラマティックなものにしている。この脚色の小道具として効果的に機能しているのが、シェイクスピアの『ソネット集』であり、第116番なのである。原作にはこのソネットの件(くだり)は出てこない。映画はソネットの表現“true minds”を主題にしたドラマとして優れた作品に仕上がっている(ベルリン国際映画祭金熊賞受賞)。

 

 

 写真上: ウィロビー(グレッグ・ワイズ)とマリアンヌ

 写真下: ケイト・ウィンスレット演じるマリアンヌが

       見せる微笑みと悲しみの表情

    

  ​


 

『ホリデイ』

 

  

 

『いつか晴れた日に』でマリアンヌを演じたケイト・ウィンスレットはこの映画の公開当時、注目の新人女優だった。翌年にはケネス・ブラナー監督・主演の『ハムレット』(96)にオフィーリア役で出演。さらに『タイタニック』(97)でレオナルド・ディカプリオと共演し、一躍有名スターとなった。その後も小説家アイリス・マードックの若き日々を演じた『アイリス』、ジョニー・デップが『ピーターパン』の作者ジェイムズ・バリーを演じた『ネバーランド』など、良作に恵まれて女優として成長し、2008年には『愛を読むひと』でアカデミー賞主演女優賞を受賞している。

 

このケイト・ウィンスレットが2006年に出演した『ホリデイ』という作品がある。恋愛で傷ついた英米の二人の若い女性がインターネット上の「ホーム・エクスチェンジ」というサイトでお互いの家を交換してクリスマス休暇を過ごし、運命の相手に出会うというロマンティック・コメディである。この映画はケイト・ウィンスレット扮するアイリスという英国人女性のナレーションで始まるのだが、早速以下のようにシェイクスピアのセリフが引用されている。

 

 (字幕)

 愛に関する格言は ほとんど すべて真実だ

 シェークスピアいわく“愛に出会えば旅は終わる”

 ステキな言葉

 そんな経験 私はないけど

 シェークスピアはあったはずよ

     

 私は愛について よく考えるの

 愛は人生を変えるほど すごいパワーがあるわ

 “恋は盲目”とも言うし

 この格言は真実よ 保証するわ 

 

 (原文)

     I have found almost everything ever written about love to be true.  Shakespeare said, “Journeys end in lover’s meeting.”  Oh, what an extraordinary thought!   Personally, I have not experienced anything remotely close to that, but I’m more than willing to believe Shakespeare had.

 

     I suppose I think about love more than anyone really should.  I’m constantly amazed by its sheer power to alter and define our lives.  It was Shakespeare who also said, “Love is blind.”  Now that is something I know to be true.

 

「愛に出会えば旅は終わる」というのは、喜劇『十二夜』の中で道化フェステが唄う歌の歌詞の一部。喜劇全体の結末を予言しているような一節である。もちろんラブ・コメディというのは主人公の二人が結ばれて終わるものだが、シェイクスピア喜劇の場合は2〜3組の恋愛エピソードが平行して進み、複数のカップルの結婚で終わる構成になっている。「恋は盲目」の方は『ヴェローナの二紳士』『ヴェニスの商人』からの引用。後者では「恋は盲目で、恋人たちは自分たちが犯す小さな失敗が見えなくなる。」(Love is blind, and lovers cannot see the pretty follies that themselves commit.)というセリフになっている。

 

『夏の夜の夢』では表現を変えて「恋は目でなく心で見るもの。だからキューピッドには目がないのね。」(Love looks not with the eyes, but with the mind. And therefore is winged Cupid painted blind.) 『夏の夜の夢』では妖精パックが恋人たちのこじれた関係を修復しようとして魔法の恋薬を用いるが、使う相手を間違えてしまう。その結果恋人たちは本来好きでなかった相手を好きになってしまい、彼らの関係はますますこじれたものになってしまうという喜劇だ。​

 

この「恋は盲目」の部分の引用を日本語字幕では“この格言”と訳している。実際、シェイクスピアの作品は、まさに格言のごとく真実を言い当てたセリフに満ちあふれている。それらは人生、死、嫉妬、裏切り、友情など、ありとあらゆる主題に及んでいるが、中には次のように面白い表現のものもある。

 

 Love goes toward love, as school-boys

 from their books,

 But love from love, toward school

 with heavy looks.

 恋人に会う時は、授業が終わった時のように

 浮き浮き気分。

 でも恋人と別れる時は、学校へ行く時のように

 沈んだ気分。

        ―『ロミオとジュリエット』より

 

こうした恋愛に関するシェイクスピアの名セリフを「シェイクスピア 愛の名言集」として別ページに18句ほどまとめてみたので、ぜひ味わってみてほしい。『ホリデイ』のアイリスが語るように「この格言は真実よ 保証するわ」と実感を持って言えるものがあるだろうか。

 


 

『25年目のキス』

シェイクスピアが授業の教材として出てくる『25年目のキス』という映画がある。女性記者(ドリュー・バリモア)が高校生になりすまし、今時のハイ・スクールの様子を潜入取材しようとする。彼女はインテリで知識は豊富なものの、ファッション・センスのないOLで恋愛経験もゼロ。25歳の彼女が二度目の高校生活でどう変わっていくのかを描いた1999年のラブ・コメディである。原題は“Never Been Kissed”。

 

   

 

この映画には、授業で先生がシェイクスピアの喜劇『お気に召すまま』の一節を読ませ、そのセリフを解説する場面がある。だが映画の先生の解説にふれる前に『お気に召すまま』の内容を確認しておこう。主人公ロザリンドはオーランドーと出会い、互いに一目惚れとなるが、家族関係のこじれから叔父である公爵に追放されてしまい、前公爵だった父親が暮らすアーデンの森へ向かう。その際にロザリンドは自分の身を守るために男装をするのだが、再会したオーランドーの前でも男として振る舞い、その結果、友人として彼に自分自身への恋のアプローチの方法をアドバイスする事になる。このストーリーラインを前提として、以下のように授業が始まる。

  

 先生: 「世界はひとつの舞台、男も女も役者にすぎない。」

これが言わんとすることは何か? 分かる人? 変装することだ。役を演じること。それが『お気に召すまま』のテーマだ。じゃあ、どの部分に現われているか挙げて。

 学生: はい。それはロザリンドが男に変装して森の中に逃げるところです。

 先生: そうだね。彼女は男を装ったからこそ、オーランドーへの愛を表現できた。シェイクスピアはこう言ってるわけだ。人は変装することで、より自由になれる。(DVD吹替より)

 

こう言ってこの先生は、アメフトならユニフォームを着てこそ強くなれるとスポーツの例も挙げ、自分の少年時代の話を始める。

 

     

 

 先生: 自分は少年時代、アイス・ホッケーをやっていたが、本当に気が弱かった。でもある時、父親に有名選手のサイン入りのヘッドギアを買ってもらった。それをつけるようになってからは、敵にとびかかっていくようになったんだ。…変装することで人の心は解放され、普段はできそうにないことができるようになる。ロザリンドも男装することで生涯の愛を手にするきっかけを作れた。

 

このラブ・コメディでドリュー・バリモア扮する女性記者ジョジーはこの先生と恋におちるのだが、作品からの朗読を指名され、彼女は“二人は見つめ合ったとたんとたん…”(5幕2場)で始まる一目惚れを描写するセリフを読むことになる。ジョジーは自分こそシェイクスピアの詩にパワーをもらい、ロザリンドのように変わっていこうと決意する。最初は妙な女子学生として気持ち悪がられていたジョジーだが、次第に学生たちの中で人気を得て、人気のイケメン男子に誘われ、プロムに参加する事になる。そのプロムの今年のテーマが「運命の恋人たち」と決まり、当日の夜、会場は歴史上、文学史上のカップル、または映画やアニメの登場人物たちでにぎやかに盛り上がる。ジョジーはここでも『お気に召すまま』にこだわり、ボーイフレンドと共にロザリンドとオーランドーに仮装して登場。二人ともその年のプロム・クィーンとキングに選ばれる。

 

クィーンとしてキングとダンスを踊っている時に、「何を考えてるの?」と聞かれたジョジーは「シェイクスピアのこと。彼はこんな夜をこう描いたわ。」と言って『ヴェニスの商人』からのセリフを口にする。「空はまるで輝く床。輝く黄金の小皿をはめこんだよう」。これは『ヴェニスの商人』の最終幕で恋人同士が星で輝く夜空を眺めながら語られるセリフである。ここではシェイクスピアが美しい詩の言葉で表現した幸福感を通して、映画のヒロインの気持ちが伝えられている。このように『25年目のキス』では、「変装」をキーワードに、人生を切り開いていくロザリンドと主人公が重ね合わされ、人は新たな自分になり得るというメッセージが伝えられている。

 

 

 ⇒ 恋人たちのシェイクスピア  続きへ

 

 ⇒ 映画の中のシェイクスピア  講座予定へ

 

 ⇒ 第1回 シェイクスピアってヤバくない?

 

 


 

  

恋人たちのシェイクスピア (2)

  • 2018.05.13 Sunday
  • 18:30


 

『初恋の想い出』

2005年の中国映画『初恋の想い出』は「中国版ロミオとジュリエット」と呼べる作品かもしれないが、『ロミオとジュリエット』の翻案ではない。シェイクスピアの描いた恋人たちに自分たちの境遇を重ね合わせていくカップルの物語である。対立する家族の息子と娘の恋という設定は同じものの、二人の出会い方も、展開や結末も異なっている。作品には主人公のカップルが手にして読む戯曲、映画館で観るフランコ・ゼフィレッリ監督の映画化、そしてバレエのステージという三種類の『ロミオとジュリエット』が登場する。

 

     

 

舞台は1980年代の中国。同じ官舎に育った高校生のホウ・ジアとチー・ランは、学校へ行って会えるのが楽しみで、互いに相手を異性として意識し始める。ホウ・ジアの父親は彼が幼い頃に自殺していたが、チー・ランの父親に責任があると母親から知らされる。しかしホウ・ジアもチー・ランも互いの親からその詳しい事情を教えてもらうことができないまま、交際を禁じられてしまう。チー・ランは自分の父親に責任があるなら、私が代わりに謝るとまで言って、自分のつらい気持ちをホウ・ジアに伝える。二人の間には溝ができてしまい、親の言われるまま会わない日々が続いてしまうが、相手への思いは逆に募るばかりだった。

 

二人は会わない日々が続いたまま大学生となるが、ある日チー・ランは母親が読んでいた『ロミオとジュリエット』の本を読み始める。“「ロミオとジュリエット」は知ってたが、本を読んだのは初めてだった。このラブストーリーに私は感動した。私たちに何とよく似た話だろう。道しるべを見つけたような気がした。”と彼女の声がナレーションとして流れ、感動して涙を流すチー・ランのアップとなる。

 

    

 

彼女はホウ・ジアに本を届ける。すると、二人の交互のナレーションでセリフの一節が朗読され、切ない毎日を過ごす二人の場面に重ねられていく。ここで読まれるのは、ロミオとジュリエットが互いの思いを語り合うバルコニーの場面の「名前」に関するセリフである。実際にチー・ランがバルコニーに立つカットも挿入される。(以下引用は字幕より)

 

 ホウ・ジア: “私の仇は、ただあなたの名前だけ。たとえ名前は違っても、あなたはあなた。”

 チー・ラン: “名前が一体、何だと言うの? 手でもなければ足でもない。腕でも顔でも、身体のどの部分でもない。どうかお願いです。他の名前になって。薔薇の花は別の名で呼ばれても、その香りに変わりはないはず。あなたが名を変えても、あなたに変わりはない。どうか名前を捨てて。その代わりに私のすべてをお取りになって。

 ホウ・ジア: “おお、愛しの君よ、僕にとっても憎い名前。君が仇と言う名だから。紙に書いてあれば破り捨ててしまいたい。” “怪我をしたことのない者は、他人の傷を嘲笑う。あの窓からもれる光は? あれは東の空。ジュリエットは太陽なのだ。”僕たちの物語みたいだ。昔の物語なのに。

 チー・ラン: つまりそれは、諦めないということね?(ホウ・ジアは頷く。)

 

こうして、対立する二つの家族の息子と娘でありながらも愛を貫きとおした恋人たちの物語が、自分たちの恋愛が普遍的なもので、決して間違ったものではないと証明してくれる心の拠り所になっていく。作品の感動は共有され、今までにない一体感が二人に生まれる。その結果、ますます恋愛感情が高まり、相手への思いは募っていくのである。

 

   

 

二人は密かにデートを重ねる。ホウ・ジアのナレーションが彼の心の声を伝える。「僕らの楽しかった日々… 親の目から逃れ、将来のことも考えず、2人きりの時を満喫した日々。親の仇など自分たちに関係ない。子の代で解決するのだと思っていた。チー・ランは言った。“親のために恋を諦めたら、ロミオとジュリエットの死と変わらない。心を殺すのはもっと悲しい」と。

 

だが二人は、密会しているところをホウ・ジアの母親に目撃されてしまい、「ある事件で父さんは捕まり、チー・ランの父は昇進した」と母親は息子に教えるが、ホウ・ジアはそれ以上の事は聞き出せない。再び会えない日々が続いてしまう二人だが、卒業前にホウ・ジアが借りっぱなしになっていた『ロミオとジュリエット』の本をチー・ランに返しに来る。その際に彼は『ロミオとジュリエット』の映画が映画館で上映されていると伝え、彼女を映画に誘う。

 

  

 

映画館の場面で二人が観ているのは舞踏会の出会いの場面。オリビア・ハッセー演じるジュリエットが楽しそうに踊っている姿や、ニーノ・ロータ作曲の有名な主題歌が中国語の吹替で流れる中、出会いの場面が実際に映し出される。この映画鑑賞を機に、二人のロミオとジュリエット熱が再燃する。

 

    

 

 ホウ・ジア: 自分たちの境遇と似ていることから、シェイクスピアに夢中になった。あらゆる『ロミオとジュリエット』の舞台や本や写真を見まくった。主人公の2人に自分たちを投影させて、互いの気持ちのよりどころになっていた。

 

しかし「シェイクスピアと違って僕らの物語は何度も変わった」とホウ・ジアのナレーションが入るように、二人には死という悲劇的結末すら訪れない。二人で薬を飲んで心中を図ろうとするが未遂に終わり、二人の間は再び両親に引き裂かれてしまう。ホウ・ジアはアメリカに留学してしまい、チー・ランは父親と対立し、暗い顔しか見せない日々が続く。しかし二人の間の手紙のやり取りだけは続き、ホウ・ジアの手紙には、何か国もの『ロミオとジュリエット』をアメリカで集めたと知らせるものもあった。

 

7年が過ぎ、ホウ・ジアは帰国して母親と新居で暮らすことになるが、チー・ランには会いに行かなかった。そんな時、二人が互いが同じ劇場で鑑賞しているとは知らないのが、バレエ版の『ロミオとジュリエット』なのである。チー・ランは考える。「なぜこの物語と自分を切り離せないのか」と。

 

終盤、チー・ランの父親が末期がんになってしまう。シェイクスピアの戯曲とは大きく異なるのは、主人公二人の家族への思いもしっかり描かれているところである。ホウ・ジアとチー・ランは、あこがれの悲劇のカップルと同じ道をたどることは、決して許されない。再会できる距離にいながらも、会うことをためらい続ける二人。「シェイクスピアの物語は僕たちを共にしたが、再びめぐり会うことはあるのだろうか。」とホウ・ジアは考える。そして二人の再会と愛の結末は意外な形で突然訪れる。

 

『初恋の想い出』は英語題名はA Time to Love だが、中国語の原題は『情人結』。「情人」は Qíngrén (チィン・レェン) という発音で 「恋人、愛人」という意味。「結」はjiē (ヂィエ) という発音で「結び目、関係」あるいは「関係を作る」という意味。となると、「情人結」は「恋人たちの絆」という題名にもなるだろうか。この絆を強く結んだのがこの映画では『ロミオとジュリエット』なのである。「情人結」という表現はヴァレンタイン・デイを意味する「情人節」と同じ発音Qíngrénjiéとなる。映画のラスト・シーンもヴァレンタイン・デイ。この日写真館で、ホウ・ジアとチー・ランは一枚の記念写真を撮ってもらう事になり、その写真の二人の姿が最後のカットとなっている。

 

   

 


 

『美女と野獣』

ディズニーの実写版Beauty and the Beast (2017)の冒頭でヒロインのベル(エマ・ワトソン)が手にしていた本は『ロミオとジュリエット』である。ベルは村の人々でごった返している朝の通りを1人歩いていて、村のジャンというおじさんに声をかけられる。

 

 Jean: Good morning, Belle. Where are you off to?

 Belle: To return this book to Pere Robert. It’s about two lovers in fair Verona.

 Jean: Sounds boring.

 

 ジャン:おはよう、ベル。お出かけかい?

 ベル:ロベールさんにこの本を返しに行くの。美しいヴェローナの町が舞台のラブ・ストーリーよ。

 ジャン:つまらんな、そんな話は。

 

1991年のアニメ版の方でベルは『ロミオとジュリエット』を手にしておらず、『ジャックと豆の木』を読んでおり、「豆の木と鬼の話」を読んだと話している。次に実写版では、ロベールさんの家に着き…。

 

 Robert: Ah, if it isn’t the only bookworm in town. So, where did you run off to this week?

 Belle: Two cities in Northern Italy. I didn’t want to come back!

 

 ロベール: やあ、本の虫のお出ましだ。今週の本の旅はどうだったね?

 ベル: 北イタリアで二つの町を訪れたの。戻りたくなかったわ。

 

ここでベルが言う二つの町とは『ロミオとジュリエット』の舞台となっているヴェローナとマンチュアの事である。『ロミオとジュリエット』はヴェローナが舞台の作品だが、途中でロミオは追放となり、マンチュアに移る。

 

アニメの方では、城の中でベルが野獣と『ロミオとジュリエット』を読む場面がある。シェイクスピアの読み方までベルは指導していて、野獣は渋々『ロミオとジュリエット』のプロローグを読み始める。実写版ではエマ・ワトソンが「私の好きな劇は『ロミオとジュリエット』なの」と言い、セリフを暗誦し始める。すると途中からセリフの続きを野獣が言うので、ベルは「あなたシェイクスピア好きなの?」と言って微笑む。しかしシェイクスピアの恋人たちが、対立する二つの名家の息子と娘であるように、ベルと野獣の間にも高い壁が立ちふさがる。特に実写版では新曲“Evermore”で野獣がその苦しい胸の内を歌い上げ、悲しみの歌声が塔の上から響き渡っていた。

 

『ロミオとジュリエット』からの引用やカップルへの言及は、私見だが『ハムレット』と並んで最も多いように思える。最近ではジム・ジャームッシュ監督の『パターソン』(2016)でも、主人公の詩人(アダム・ドライヴァー)が毎晩立ち寄る酒場の店主が客の男女を指して、ロミオとジュリエットにたとえていた。カー・アクション映画『ベイビー・ドライバー』(2017)では、主人公(アンセル・エルゴート)と恋人(リリー・ジェイムス)を追い詰める悪役が二人を冷やかにからかい、「ああロミオ、ロミオ、なぜあなたはロミオなの?」(O Romeo, Romeo! Wherefore art thou Romeo?)というジュリエットのセリフを口にする。最近ますます「ロミオとジュリエット」が目立ってきているように感じるのは、今が分断の世だからだろうか。

 

 

  写真上)「美女と野獣」(2017) のエマ・ワトソン

  ​

 

 

「ジュリエットと恋人のロミオの話ほど悲しい物語は他にはないわ。」

 


 

『シェイプ・オブ・ウォーター』

2017年度アカデミー賞、作品賞・監督賞(ギレルモ・デル・トロ)ほか4部門受賞作。原題The Shape of Water。口のきけない女性と謎の半魚人の恋を描いており、サスペンス・ファンタジー版「ロミオとジュリエット」、あるいは現代版「美女と野獣」「オペラ座の怪人」と呼べる異色作である。この映画では冷戦下アメリカの宇宙研究所で清掃員を務めるヒロイン、イライザ(サリー・ホーキンス)の同僚ゼルダ(オクタヴィア・スペンサー)が「うちの旦那は食事を出しても、感謝の言葉どころか、おいしいとも言わない。なのにオナラだけはシェイクスピア並の表現力があるんだから」(And boy, he just ate them up - no thank you, no yum-yum - not a feat. Man is as solid as a grave. But if farts were flattery, honey, he'd be Shakespeare.)と不満をもらす。残念ながら映画でそのオナラの音を聞くことはできないが、映画終盤でその旦那は不満どころか、妻の猛反発を招く行動を取ってしまう。

 

実際に作品名やセリフが引用される事はないが、シェイクスピアは表現豊かな作家のたとえとして言及されている。しかし映画のヒロインは逆に口がきけない女性で、謎の生物と出会ってコミュニケーションを取る時も手話を用いている。手話にも言葉と同様の強いパワーがあるのだ。実際、手の表現はシェイクスピアの作品でも重要なモチーフとなっている場合が多い。講座第1回の『エレファント・マン』の解説の際に引用した場面にあるように、ロミオとジュリエットも手のひらと手のひらを重ね合わせるところから恋が始まっている。

 

  ​

   サリー・ホーキンスとオクタヴィア・スペンサー


  

   謎の生物に卵を見せ、手話で示すイライザ

 

 

映画の中のシェイクスピア」講座予定(目次)へ

 

第1回「シェイクスピアってヤバくない?」へ

 

第2回「恋人たちのシェイクスピア」(前半)へ

 

 


 

 

calendar

S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     
<< September 2019 >>

contents

  

    演劇学部推薦公演(2019年秋期)

   

  

    映画学部推薦作品(2019年秋期)

   

  



  

オンライン映画演劇大学は映画と

演劇を幅広く紹介、解説、研究する

オンライン上の教育・文化活動です。

文部科学省の認可は受け ていませんが、実際の大学での授業と連携した情報や研究も掲載しています。

  



  

   <9月の推薦作品>

  ・ 演劇学部推薦公演

  ・ 映画学部推薦作品

  



  

     <新着記事・講座>

  

New

・ 2019年 秋期

      観劇レポート対象作品

     が発表されました。

             (19/9/16)

New

・ 2019年 秋期

      映画レポート対象作品

     が発表されました。

             (19/9/15)

New

・ 2019年 IMDb

     外国映画ベストテン

    (資料作成: 今村直樹)

             (19/8/24)

Update

・ 2019年英米演劇上演予定

             (19/8/8)

 

・ 『英国万歳!』で

     朗読される

     『リア王』の名場面

     が掲載されました。

             (19/5/31)

 

・ 『英国万歳!』

   〜登場人物・物語の解説

     が掲載されました。

             (19/5/30)

 

・ ミュージカル

   She Loves Me のすべて

     が掲載されました。

             (19/5/5)

 

・ 映画学部主催の新講座

   アカデミー賞と

     アメリカ映画の歴史

     講座内容・予定が

     発表されました。

             (19/5/1)

 

・ オンライン映画演劇大学

     英米演劇大賞2018

    (受賞作・受賞者の発表)

 

・ オンライン映画演劇大学

     シネマグランプリ2018

    (受賞作・受賞者の発表)

 

・ 2018年 (第92回)

     キネマ旬報ベストテン

 

・ 2018年 IMDb

     外国映画ベストテン

    (資料作成: 今村直樹)

 


  

 

 

 〜優秀賞の発表と選評〜

  


  

・ 2017年 IMDb

     外国映画ベストテン

    (資料作成: 今村直樹)

  




  

<過去の主要記事・講座>

  

     【シェイクスピア学科】

  

        (講師: 広川治)

・ 講座概要・予定

・ 第1回  シェイクスピアって

                 ヤバくない?

・ 第2回  恋人たちの

                 シェイクスピア

・ 第3回  軍隊で

            シェイクスピア?

・ 第4回  アクション・スター

            がハムレット

・ 第5回  俳優たちの

                 『ハムレット』

・ 第6回  国王のための

                 名せりふ

・ 第7回  宇宙の彼方の

                 シェイクスピア

  




  

     【アメリカ演劇学科】

  

・  『エンジェルス・イン・

       アメリカ  第1部』

      (解説: 篠山芳雄)

  

・  アーサー・ミラー

  『セールスマンの死』研究

  (講師: 篠山(ささやま)芳雄)

  


  

 

  (講師: 小島真由美)

・ 講座概要

・ 作品リスト

・ 映画リスト

・ 第1回入門編

・ 第2回 『カム・ブロー・

              ユア・ホーン』

・ 第3回 『はだしで散歩』

・ 第4回 『おかしな二人』

・ 第5回

    『スウィート・チャリティ』

 原作: 映画『カビリアの夜』

          初演(1966年)

映画『スウィート・チャリティ』

                   *

・ 第6回 映画 『紳士泥棒

          大ゴールデン作戦』

・ 第7回 『星条旗娘』

・ 第8回 『プラザ・スイート』

・ 第9回 『浮気の終着駅』

・ 第10回 『ジンジャー

               ブレッド・レディ』

  




  

     【イギリス演劇学科】

  

・  ワイルド流喜劇のレシピ

      オスカー・ワイルド

      『まじめが大切』論

      (講師: 石田伸也)

  

・ テレンス・ラティガンを観る

         『深く青い海』

        (講師: 広川治)

 

・    『ローゼンクランツと

ギルデンスターンは死んだ』

      (解説: 石田伸也)

  

・   ミュージカル

    『ビリー・エリオット』

   〜英語の歌詞に見る

       団結、自由、信念〜

        (講師: 広川治)

  


  

    

      + 観劇レポートより

  




  

 【映画学部・映像文化学科】

  

・  カズオ・イシグロ

   『日の名残り』の映画化

      (講師: 篠山芳雄)

  

・ キネマ旬報ベストテン分析

      (講師: 今村直樹)

  

  <2017年夏>

     世界の映画を観る、

        映画で世界を見る

  


  

    

  




  

 (詳細な目次については

  CONTENTSページ参照)

  

  PageTop▲

  

   演劇学部推薦公演

    (2019年8月)

  

   ヘンリー六世 三部作

       リチャード三世

       (カクシンハン)

作: シェイクスピア

翻訳: 松岡和子

演出: 木村龍之介

主演: 河内大和、真以美

        (7/25〜8/12)

  


  

       人形の家part2

         (パルコ)

 作: ルーカス・ナス

 翻訳: 常田景子

 演出: 栗山民也

 主演: 永作博美

        (8/9〜9/1)

  


  

    ブラッケン・ムーア

          (東宝)

作:アレクシ・ケイ・

         キャンベル

翻訳: 広田敦郎

演出: 上村聡史

主演: 岡田将生、木村多江

        (8/14〜27)

  

 PageTop▲

  

 映画学部推薦作品 (新作)

  

 (2018年洋画推薦作品)

   


  

 『スリー・ビルボード』

   2/1〜  公式サイト

 『タクシー運転手

    約束は海を越えて』

   4/21〜  公式サイト

 『フロリダ・プロジェクト

     真夏の魔法』

   5/12〜  公式サイト

 『ワンダー  君は太陽』

   6/15〜  解説ページ

 『ブリグズビー・ベア』

   6/23〜  公式サイト

  


  

 『判決、

     ふたつの希望』

   8/31〜  公式サイト

 『1987、

     ある闘いの真実』

   9/8〜  公式サイト

 『バッド・ジーニアス』

   9/22〜  公式サイト

 『search サーチ』

   10/26〜  公式サイト

 『ボヘミアン・ラプソディ』

   11/9〜  公式サイト

 『アリー/ スター誕生』

   12/21〜  公式サイト

  



  

 (2019年1月推薦作品)

 『バジュランギおじさんと、

   小さな迷子』

   1/18〜  公式サイト

  


  

 (2019年2月推薦作品)

 『メリー・ポピンズ

     リターンズ』

   2/1〜  公式サイト

 『女王陛下のお気に入り』

   2/15〜  公式サイト

  


  

 (2019年3月推薦作品)

 『グリーンブック』

   3/1〜  公式サイト

 『ブラック・クランズマン』

   3/22〜  公式サイト

  


  

 (2019年4月推薦作品)

 『僕たちのラストステージ』

   4/19〜  公式サイト

 『幸福なラザロ』

   4/19〜  公式サイト

  


  

 (2019年5月推薦作品)

 『ドント・ウォーリー』

   5/3〜  公式サイト

 『僕たちは希望という

      名の列車に乗った』

   5/17〜  公式サイト

  


  

 (2019年6月推薦作品)

 『SANJU/サンジュ』

   6/15〜  公式サイト

 『パピヨン』

   6/21〜  公式サイト

  


  

 (2019年7月推薦作品)

 『COLD WAR

      あの歌、2つの心』

   6/28〜  公式サイト

 『Girl/ガール』

   7/5〜  公式サイト

  


  

 (2019年8月推薦作品)

『存在のない子供たち』

   7/20〜  公式サイト

 『シークレット・

      スーパースター』

   8/9〜  公式サイト

  

 PageTop▲

  

selected entries

categories

archives

recommend

雨に唄えば [DVD]
雨に唄えば [DVD] (JUGEMレビュー »)

A fabulous musical romance about film technology (IMDB, User Review)/A silent film production company and cast make a difficult transition to sound. (IMDb, Plot)

recommend

メリーポピンズ スペシャル・エディション [DVD]
メリーポピンズ スペシャル・エディション [DVD] (JUGEMレビュー »)

Disney's Live/Animated Masterpiece Shines More Brightly than Ever! (Ben Burgraff, IMDb Review)/In turn of the century London, a magical nanny employs music and adventure to help two neglected children become closer to their father. (IMDb Plot)

recommend

サウンド・オブ・ミュージック (字幕版)
サウンド・オブ・ミュージック (字幕版) (JUGEMレビュー »)

Beautiful. Best musical film ever. (Keith Clark, IMDb review)/A woman leaves an Austrian convent to become a governess to the children of a Naval officer widower. (IMDb Plot)

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM