2017年1月上映・推薦映画
- 2017.01.15 Sunday
- 21:00
2017年1月上映の新作から注目の作品を紹介します。(2017年1月15日)
2017年1月上映・推薦映画
<CONTENTS>
1. 2016年作品 (1月都内上映中の5作品)
『湯を沸かすほどの熱い愛』 (日本)
『この世界の片隅に』 (日本)
『ヒトラーの忘れもの』 (デンマーク)
『幸せなひとりぼっち』 (スウェーデン)
『ニーゼと光のアトリエ』 (ブラジル)
2. 映画学部推薦作品の解説 (1月公開作品)
『沈黙 サイレンス』 (アメリカ)
『エリザのために』 (ルーマニア)
特選 = 映画学部特選作品
1. 2016年作品 (1月都内上映中の作品)
湯を沸かすほどの熱い愛 (日本) 特選
余命二ヶ月、何ができる?
最高の愛を込めて、葬(おく)ります。
感動の家族劇。余命二ヶ月を宣告された母親が病気を前にして家族のために何ができるか考える。宮沢りえ演じる母親の強い意志と生きるパワーが伝わってくる作品だ。母親の熱い思いを表わした題名の意味がラスト・シーンで明らかになる。本作で宮沢りえの代表作(『たそがれ清兵衛』『紙の月』)がまた一つ増えたと言える。娘役を熱演した杉作花は新世代の大竹しのぶと呼びたい。報知映画賞(作品賞・主演女優賞・助演女優賞)、ヨコハマ映画祭ベストテン(第2位)など数多くの映画賞、ベストテンで高い評価を得た2016年を代表する日本映画のひとつ。
◆ 新宿武蔵野館ほかで上映中
この世界の片隅に (日本) 特選
昭和20年、広島・呉。わたしはここで生きている。
2016年度キネマ旬報ベストテン、ヨコハマ映画祭ベストテンで第1位に選出されたアニメーション。原作はこうの史代の第13回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞作。暮らしの細部を丁寧に描き、日常生活の価値と戦争がもたらす悲しみを対比させた人間味あふれる名作。主人公すず役の声優は『あまちゃん』の“のん”(旧芸名:能年玲奈)。彼女の柔らかい声がすずのおっとりした性格にマッチしている。
◆各地の映画館で拡大公開中
ヒトラーの忘れもの (デンマーク)
大人が残した理不尽な任務。
少年たちが見つけるのは、憎しみか明日への希望か――
第二次世界大戦後、デンマークの海辺で無数の地雷除去を強制されたドイツ人少年兵たちがいた。死と隣り合わせの苛酷な毎日、絶望的な状況で生まれる友情や結束、彼らを監督するデンマーク人軍曹のやるせない気持ちを描き、戦争の爪痕がもたらす残酷な現実を浮き彫りにしている。デンマーク・アカデミー賞では作品賞ほか6部門で受賞。2015年の東京国際映画祭では軍曹役のローラン・ムラと少年兵の一人を演じたルイス・ホフマンがそろって最優秀男優賞を受賞した。(英語題名:Land of Mine 「地雷の地」)
◆シネスイッチ銀座で上映中(1月27日まで)
幸せなひとりぼっち (スウェーデン)
きみのおかげで僕は幸せだった
頑固で偏屈な老人が、隣に引っ越してきた一家との交流をきっかけに人生を見つめ直していく。近所のノラ猫とのユーモラスなエピソード、若き日のロマンス、愛情と思いやりに満ちた夫婦生活なども描かれた、優しさあふれるヒューマン・コメディ。2016年度アカデミー賞外国語映画部門スウェーデン代表作品。(英語題名:A Man Called Ove 「オーヴェという男」)
◆シネマカリテほかで上映中
ニーゼと光のアトリエ (ブラジル) 特選
わたしの武器は、愛と絵筆
精神病院で苦しみ叫ぶ患者に対して人間的な治療法を模索した伝説の女医ニーゼを主人公にしたブラジル映画。電気ショックという暴力的かつ実験的な療法で統合失調症を治療するのが日常茶飯事とされていた1940年代。拷問のごとく患者を縛り、体全体に電流を流す非人間的な療法を否定し、ニーゼは患者たちを人間として尊重すべきだと主張する。彼女は患者たちに絵筆を持たせて自己表現の場を与えてみる。アトリエとなった病室で徐々に変化を見せていく患者たち。個々の患者たちや彼らが描く絵画にも実話のモデルがおり、エンドロールで本人が登場する。40年代ブラジルの病院という男性社会の中で、ニーゼは強い信念を持ち、怯むことなく前進する。2015年の東京国際映画祭でグランプリと最優秀女優賞を受賞した傑作。(英題:Nise – The Heart of Madness 「ニーゼ - 狂気の心」)
◆ユーロスペースで上映中
2. 映画学部特選作品の解説 (1月公開作品)
沈黙 ― サイレンス ―
なぜ弱きわれらが苦しむのか――
原題: Silence
製作国: アメリカ (2017年)
上映時間: 2時間42分
監督: マーティン・スコセッシ
代表作:『タクシー・ドライバー』『レイジング・ブル』
『ヒューゴの不思議な発明』
キャスト:
『アメイジング・スパイダーマン』の
アンドリュー・ガーフィールド
…イエズス会司祭ロドリゲス
『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の
アダム・ドライヴァー
…司祭フランシス・ガルペ
『シンドラーのリスト』『98時間』の
リーアム・ニーソン
…教父フェレイラ
『モンゴル』『ヴィヨンの妻』『私の男』の
浅野忠信
…通詞(通訳)
『GO』『ピンポン』の
窪塚洋介
…キチジロー
ピーター・ブルックの劇団で活躍中の
笈田ヨシ
…隠れキリシタン
『野火』監督・主演の
塚本晋也
…モキチ
ロシア映画『太陽』で昭和天皇を演じた
イッセー尾形
…井上筑後守
『渇き。』『バクマン。』『溺れるナイフ』など大活躍の新人
小松菜奈
…隠れキリシタン
『それでもボクはやってない』『永遠の僕たち』の
加瀬亮
…隠れキリシタン
評価: ナショナル・ボート・オブ・レビュー(脚本賞)
アメリカン・フィルム・インスティテュート(ムービー・オブ・ザ・イヤー10作品)
IMDB User Reviewの評価: 7.7 (2017/01/15)
配給: KADOKAWA
オフィシャルサイト: http://chinmoku.jp/#home
公開日: 2017年1月 21日
上映館: TOHOシネマズ他
【解説】
キリスト教が禁じられていた江戸時代。迫害され拷問を受ける日本人の信者たちと棄教を迫られるポルトガルの司祭を描いた遠藤周作による同名小説の映画化。自分が師事していた宣教師フェレイラが日本で棄教したという知らせを受けた若い司祭二人。彼らは日本で残酷なキリスタン弾圧の現実を目の当たりにし、二人も棄教を迫られる。ただしスコセッシ監督が描いているのは単なる悲劇的な歴史の一コマではない。答えなき神の沈黙の意味、苦難そのもの意味を問いかけており、弱き人間の心の深淵を覗かされる作品だ。忌み嫌われて悪の烙印を押されるキリスタンの姿に、現代の難民やマイノリティの苦難を重ね合わせて見る者もいるだろう。それは分断というものの行き着く先を見せられたようで恐ろしい。
遠藤周作の原作(1966)は、日本でも1971年に篠田正浩監督によって映画化されている(脚色は監督と原作者自身)。重厚なモノクロ映像と心の闇の奥底を表現した武満徹の音楽が際立った作品だ。原作を読んだうえで、新旧二作を比較すれば、小説の映画化のレポートあるいは論文になるだろう。
日本の俳優陣も健闘している。特に注目すべきはキリスト教徒を弾圧する井上筑後守に扮したイッセー尾形と信者役の窪塚洋介だ。尾形はロシア映画『太陽』での昭和天皇役が認められての起用だろう。落ち着いた物腰と冷静な物言いで宣教師の前に立ちはだかる存在感が見事だ。時折見せる恐ろしい笑顔が物凄い。その演技は海外の批評家にも高く評価され、ロサンゼルス映画批評家賞では助演男優賞にノミネートされ、受賞には至らなかったが次点の評価を得た。窪塚が演じるのは裏切りを繰り返す自分の弱さに苦悩するキリシタンのキチジローだが、最も内面的演技が必要とされるこの役で観客を画面に引き込む熱演を見せている。
『タクシー・ドライバー』『レイジング・ブル』などで知られるマーティン・スコセッシ監督はカトリック教徒の家庭に生まれ、若い頃は聖職者をめざしていたこともある。彼は『最後の誘惑』(The Last Temptation of Christ,1988)でイエス・キリストの苦難も描いており、磔にされたイエスが見る幻覚が物議を醸した問題作だった。ウィリアム・デフォーがイエス、ハーヴェイ・カイテルがユダを、そしてデヴィッド・ボウイがピラト総督を演じている。(山中達弘)
マーティン・スコセッシ監督版新作のチラシ
篠田正浩監督版(1971)の劇場用パンフレット
遠藤周作『沈黙』(新潮文庫)
『最後の誘惑』のDVD
エリザのために
必ず守る 娘だけは
英題: Graduation
製作国: ルーマニアほか (2016年)
上映時間: 2時間8分
監督: クリスティアン・ムンジウ
代表作: 『4ヶ月、3週と2日』『汚れなき祈り』
キャスト:
『私の、息子』でも父親役の
アドリアン・ティティエニ
…ロメオ・アルデア (父親)
リア・プグナル
…マグダ (エリザの母親)
『白いリボン』で聖職者の娘を演じた
マリア・ドラグシ
…エリザ (娘)
ヴラド・イヴァノフ
…警察署長
マリナ・マノヴィッチサンドラ
…サンドラ (ロメオの愛人)
評価: 第65回カンヌ映画祭(2016)監督賞受賞
IMDB User Reviewの評価: 7.7 (2017/01/15)
配給: KADOKAWA
オフィシャルサイト: http://www.finefilms.co.jp/eliza/
公開日: 2017年1月 28日
上映館: 新宿シネマカリテ、ヒューマントラスト有楽町
【解説】
「必ず守る 娘だけは」と宣伝文句にあるように、この映画は何があっても娘を守ろうとする父親を描いた映画である。では何から守るのか。娘の将来を守ろうとするのである。娘のエリザが卒業試験を翌日に控えて暴漢に襲われてしまったからである (英語原題はGraduation)。レイプは未遂で、エリザは無事に保護されるが、そのショックが翌日に控えている試験に影響を与えてしまうのではと父親ロメオは心配する。点数次第では、予定していた奨学生としての留学ができなくなってしまうのである。ロメオは娘の将来を守るためにどんな手段も使ってやろうとコネを利用して合格への道を模索する。そこには彼の強固な意志だけではなく、裏取引が決して珍しいことではないルーマニアの社会があった。
クリスティアン・ムンジウ監督が2007年のカンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞した『4ヶ月、3週と2日』は、違法中絶を望む女性を助けようと奔走する女性の物語だった。ただ『4ヶ月…』の場合、ヒロインの行動は讃えられるべきものだった(行動には隠された心情があったが)。『エリザのために』のロメオの場合は、それが父親としての愛情と善意からだとしても、肯定される行為には見えてこない。両者に共通する点があるとすれば、必死な思いがなかなか叶えられない主人公の状況とストレス、そして強引なまでの行動力の凄さにあるだろう。
ロメオは疲弊して先が見えないルーマニアという国への不満をたびたび口にする。その失望感は行動に妥協を許さない。映画は周囲の現実が見えなくなっていくロメオと妻や娘との心の距離も捉えている。
カンヌ映画祭でムンジウは監督賞を受賞。ムンジウにとって『4ヶ月…』(最高賞)、『汚れなき祈り』(脚本賞)に続く3度目のカンヌでの受賞作である。カメラは主人公を背後から手ぶれを気にせず追いかけ、緊迫感にあふれた空気を生み出している。感動の涙に観客を導く映画とは異なり、リアルで冷徹な映像の作品だ。(山中達弘)