名優たちのウィリー・ローマン(1)

  • 2016.11.23 Wednesday
  • 23:00

 

 

映画学部非常勤講師の篠山芳雄先生の研究論文「名優たちのウィリー・ローマン」を2回に分けて掲載します。(2016年11月10日)


 

            

 名優たちのウィリー・ローマン
 

  〜アーサー・ミラー

   『セールスマンの死』研究〜

 

  講師:篠山 (ささやま)芳雄 

    (映画学部 非常勤講師)

 

 

 <目次>

・序〜ウィリーの焦燥と怒り

・フレデリック・マーチ主演

  の映画化(1951)

・リー・J・コッブ主演の

  テレビ版(1966)

・ダスティン・ホフマン主演の

  テレビ映画(1985)

・日本のウィリー・ローマン

 


 

 

  〜ウィリーの焦燥と怒り

 

20132月、文学座公演『セールスマンの死』を池袋のあうるすぽっとで観劇する機会を得た。20世紀のアメリカ演劇を代表する劇作家アーサー・ミラーの『セールスマンの死』は、初老のセールスマンが息子との葛藤や上司からの解雇通告などの厳しい現実と過去の良き日々の幻想との間に心破れていく悲劇で、アメリカ演劇の最高傑作の一つである。

 

日本でも、劇団民芸で4回再演を重ねた滝沢修の名演を初めとして、劇団昴の久米明、無名塾の仲代達矢などが、都会の隅に生きる一市民の、そして父親としての悲しみと苦悩を多くの観客の心に訴えてきた。だが今回のたかお鷹の演じた主人公ウィリー・ローマンは、極めて異彩を放っていた。開幕後、客席の通路に姿を現わしたウィリーは、疲れた様子で舞台に上がっていくが、部屋に入ったとたんに手にしていたカバンが開いてしまい、中身が床に散らばってしまう。初演から使用され続けているアレックス・ノース作曲の哀愁を誘うフルートの音楽ではなく、低いクラリネットの重い音で舞台全体を包んだ西川信廣の演出は、冒頭から主人公の疲労感と落伍への予感を漂わせる。しかし、たかお鷹が演じるウィリーは、悲しみや侘しさを表現するというよりも、その響く低音の声に強い怒りを表現して、ウィリーの焦燥と苛立ちを強めていた。この点は劇評でも指摘されていて、「どこにでもいる怒りっぽい男が破滅のふちへとひた走っていく」(1) 演技なのである。

 

元々、ミラーが書いたウィリーは怒りっぽい男である。息子のビフに、いつも怒鳴るのを聞いていられないとまで言われてしまう父親である。妻のリンダも彼の短気な気質に繰り返し注意を促している。だが、たかお鷹と言えば、マキノノゾミ作『殿様と私』(文学座、2008)で開国後の時代の変化についていけない頑固な子爵を喜劇性豊かに演じ、芸術祭賞大賞を受賞した実力派である。その迫力ある低音は彼の持ち味の一つで、その迫力が今回の公演では、ウィリーの悲劇を表現する怒りとして、さらに強く客席に響いていたのである。

 

では、過去のウィリー・ローマンはどのように演じられてきただろうか。ここでは、フレデリック・マーチ主演の1951年の映画化、次に初演のリー・J・コッブを主演にして撮影されたCBSのテレビドラマ(1966)、そしてブロードウェイの舞台が大ヒットしたダスティン・ホフマン主演のテレビ映画(1985)の3作を取り上げ、主人公を演じる俳優の演技を中心に探っていきたい。さらに、日本の舞台にも目を向け、特に仲代達矢が2000年に無名塾の公演で演じたウィリーの演技に焦点を当ててみたい。

 


 

 

 フレデリック・マーチ主演の映画化(1951)

 

    

 

名優フレデリック・マーチの目の演技

フレデリック・マーチは、戦前から戦後にかけてのアメリカ映画を代表した名優の一人で、アカデミー賞も2度受賞している。その受賞作の2本を考えると、1951年のウィリーへのキャスティングには配役の妙が伺える。1度目の受賞は彼がまだ若く、映画がトーキーになってまだ間もない時代、19世紀イギリスの小説家ロバート・スティーブンソンの作品を映画化した『ジキル博士とハイド氏』(1932)によっての受賞である。この作品でマーチは、紳士的な医師が薬を飲んで野獣に変身してしまうその驚くべき変貌の様子を見事に表現して男優賞を受賞した。そして2度目の受賞作は、戦後の復員兵の一人を演じた『我等の生涯の最良の年』(1946)である。アカデミー賞作品賞等7部門受賞のこの名作でマーチが演じたのは、復員後に故郷に戻って銀行の要職に復職し、家族との絆が薄れたことなどに悩みながらも再生へと向かう父親であった。戦後の中産階級の人物像の一つとして、彼の演技はアメリカ市民の共感を呼び、多くの人の心に残っていたのである。アメリカの良き父親のイメージとしての過去を演じるという点でも、苦悶し乱れていく現在との落差を表現するという点でも、フレデリック・マーチはまさに適役だったと言っていいだろう。

 

ラズロ・ベネディック監督による『セールスマンの死』の初の映像化では、演劇の映画化を考察する際に興味深い点がいくつかある。その一つが屋外へオープン・アップされた数場面である。映画は橋の上を走る自動車の後部座席から、運転するウィリーの後ろ姿を捉えたショットをタイトル・バックとして始まる。車は狭い路地裏に入り、家の前で止められる。重そうにカバンを手にして部屋へ入るウィリーをカメラは車外から捉え、ここでフルートの音楽が流れ、室内の場面へと続く。車の運転場面はラストでも用意されているが、他にも友人チャーリーのオフィスへの移動場面として、原作にはない地下鉄への乗車が描かれ、ここが兄のベンの登場場面の一つとなっている。室内あるいは裏庭という限られた舞台空間に映画的な広がりと移動の変化を付け加えるための工夫である。

 

ウィリーの過去の回想への場面転換は、舞台上では照明の変化などで強調される事が多いが、映画では、過去への思いが頭を満たし始めるウィリーの顔へカメラが寄ると、話し相手の声が過去の人物へと変わっていき、カメラが引くとセットまでも過去の一場面に変化しているなど、映画的な技法で現在と過去がスムーズに転換されている。こうした転換が自然なのは、戯曲自体に映画的な要素があるからである。この事は、監督のラズロ・ベネディックも「ミラーは、現実と幻想との異常な混合を舞台で表現するために、フラッシュバック、ディゾルヴなどの映画技法を借用し、しかもそれを非常に効果的に使っている」(2)と指摘している。

 

こうした中でウィリーはどのように演じられているであろうか。フレデリック・マーチは声を荒げる場合も迫力のあるほどの低い声ではないので、現在の場面のウィリーのセリフには挫折感や疲労感の方が目立つ。むしろ彼の演技で際立っているのは、その目の演技である。帰宅後、寝室でベッドに腰かけ、妻のリンダと話している中、息子のビフの高校時代を思い出す時に、マーチのウィリーは遠くを見つめるような目つきを見せ、その眼差しに異様なまでの現実からの遊離を見せる。戯曲ではト書きに「追憶に我を忘れる」(3)とある部分である。

 

だがその一方で、彼の頭の中の過去の場面では、脚色(スタンリー・ロバーツ)によって強調された良き父親ぶり、夫としての優しさが表現されている。たとえば初演でもリンダを演じたミルドレット・ダンノックが演じるリンダが若き日の妻として、洗濯かごを手にして登場する場面を見てみよう。戯曲ではウイリーが「いつから、知らん顔するようになったんだい、お母さんが洗濯物をかかえて、階段をあがるというのに?」 (Since when do you let your mother carry wash up the stairs?)(4)と、息子たちに洗濯物を干すように促しているが、映画は洗濯物を取り込む設定に変えており、ウィリー自身が洗濯かごを手にしてリンダがそこへ干した衣類を入れていく。そして部屋へ戻る際には、「いつから、お前に運ばせるようになったというんだい。この私が家にいるじゃないか。」(Since when do I let my girl carry things when I’m home?)と原作のセリフを改変した一行で、彼の気づかいが妻に伝えられているのである。

 

夢と狂気の両極

こうした現在と過去の場面の往復の中、ウィリーが原作と異なる場所で混乱の様子を見せる場面がある。それは前述の地下鉄の場面である。地下鉄の改札を通るウィリーは、解雇された直後の思いつめた表情で、「もうだめだ、ベン、どうすればいい。」などと呟きながらホームへ続く道を歩いていく。その際、ゆっくりと進む彼を追い越して急ぐ人も、反対側から歩いてくる人も、独り言をぶつぶつと言っているウィリーに不思議そうな眼差しを向けている。この後に登場する幻影のベンは、駅へのホームへ続く地下道を歩きながらウィリーと話しており、その歩みを止めないで進むベンをウィリーが追いながら語りかけるという構図は、兄のような成功を追い続けるウィリーの姿の表現として優れた一場面となっている。

 

やがてベンは地下鉄の電車の轟音と影の中、姿が見えなくなるが、映画はここで現実に戻り、地下鉄に乗り込むウィリーへと場面が変わる。車内の席に座るウィリーは、「ここでやる、ビフと一緒に…」などと独り言を呟いており、彼を見て、隣で雑誌を読んでいた若い婦人は迷惑そうに席を離れてしまう。ここで地下鉄は過去の電車内へと変化し、息子のビフが出場するフットボールの試合が行われるエベッツ・フィールドへ向かう家族の様子が描かれる。殴るぞとふざけてチャーリーにボクシングのポーズを見せていると、現実の地下鉄車内に場面が戻り、電車を降りる際には、一人大きな声を出している彼は周囲の婦人たちに怪訝な表情で見られてしまい、駅員にも「何事ですか。」と不審がられてしまうのである。

 

このようなウィリーの狂気が前面に出た様子は、息子らと口論になるレストランの場面でも、その狂気の眼差しの演技に表われているが、それらが頂点に達するのは彼が車に乗り込み家を飛び出した後の場面である。本来なら、家で最後に交わされるベンとの最後の対話は、車にウィリーが乗り込んでからの場面に移されており、ベンは運転する彼の後ろの席に現われる。そしてウィリーが最後に見る幻影は、原作にはないもので、走る道の向こうに夜輝く街の多くのネオンが、宝石のように輝き出し、彼は「ダイヤモンド!」と言って狂喜の表情を見せ、悲劇を迎えるのである。

 

原作者のアーサー・ミラーは、この映画のウィリーを精神的な病を抱えた異様な人物に見えすぎるとして快く思っていなかったようだ。(5) だが、アメリカの夢に破れて追い込まれた男の狂気が強調される演出、演技というものも、痛々しいが不自然な事とは言えないだろう。映画は、原作のようにリンダの墓を前にした夫への言葉で終わらず、本来、その前に語られているチャーリーの「ウィリーはセールスマンだった。」と始まる言葉でエンディングとなっている。このようにアメリカの夢ありき頃の良き父親像と狂気の眼差しの両極の演技でウィリーを演じたフレデリック・マーチは、『我等の生涯の最良の年』とは異なる、再生に至らなかったアメリカの裏の父親像をスクリーンに残したのである。

 

このマーチ主演の『セールスマンの死』と同じ1951年、戦後アメリカを代表したもう一人の劇作家テネシー・ウィリアムズの『欲望という名の電車』も映画化され、全米で公開されている。ビビアン・リーが扮したブランチの物語も、過去が頭の中につらい形で侵入し、現在が破綻して迎える悲劇である。ウィリーの行き先には、事故による死という悲劇の結末があったが、ブランチの場合は狂気の行き着く先として、まさに精神病院があった。

 

ビビアン・リーはアカデミー賞で主演女優賞を受賞したが、マーチは主演男優賞にノミネートされたものの、受賞は逃がしている。だが、彼はベネチア国際映画祭で男優賞を受賞。リンダ役のミルドレッド・ダンノックもアカデミー賞助演女優賞候補となっている。さらに、初演でビフ役を引き継いで演じたケビン・マッカーシーも助演男優賞候補になっており、ビフの悲しみと成長を優しそうな瞳に訴えて見事に演じている。映画としても決して評価が低かったわけではなく、ゴールデングローブ賞では、監督のラズロ・ベネデックは監督賞を受賞。日本でも1952年のキネマ旬報ベストテンで第7位に選ばれている。

 


 

 

 リー・J・コッブ主演のテレビ版 (1966)

 

   

 

初演でウィリーを演じたリー・J・コッブ

リー・J・コッブは『セールスマンの死』のブロードウエイ初演でウィリーを演じた俳優である。だが映画俳優としてのコッブと言えば、暴力と不正が支配する港町に君臨するボスを演じた『波止場』(1954)が有名なほど迫力のある風格を持った俳優である。そのがっしりと大きい体格と存在感は、当初、ウィリー役を小柄な男と考えていた作者アーサー・ミラーのイメージに合わないものだったようだ。作者の最初の主人公のイメージは、初演時の全米ツアー公演でウィリー役を演じたトーマス・ミッチェルの方がむしろ近かったかもしれない。ミッチェルは、映画『風と共に去りぬ』(1939)でスカーレット・オハラの父親役を演じた名優である。だが演出家のエリア・カザンと共に俳優探しに難航していた頃、ミラーはカザンの友人だったコッブに会った。最初はウィリーは自分の演じる役だと強く主張する彼に、あまり乗り気ではなかったミラーだったが、ある時、喫茶店でウエイトレスに愛想よく話しかけているコッブの様子を見て、ウィリーの持つ日常の表情や態度に近いものを読み取り、初演のウィリーとして役柄より実際は25歳も若かった年齢のコッブを認めたのである。(6)

元々、コッブは頑固な父親役も得意としていた。自分の夢を子供に託そうと強く望むような父親役が多かった役者である。その出発点はクリフォード・オデッツの戯曲を映画化した『ゴールデン・ボーイ』(1938)で、まだ当時27歳だったコッブだが、20歳のウィリアム・ホールデン演じるボクサー志望の息子の父親を演じており、息子にヴァイオリニストになってほしいと願う父親役だった。この時の父親役は頑固というより謙虚な父親だったが、その後、西部劇などの悪役の他に『カラマーゾフの兄弟』(1957)、『緑の館』(1959)など、頑迷な父親役が多く見られるようになった。考えてみれば、コッブがシドニー・ルメット監督の『十二人の怒れる男』(1957)で演じた陪審員3番も、最後まで少年の有罪を主張しようとする心の奥底には、息子との確執というものが潜んでいたのである。

 

『セールスマンの死』がテレビドラマとして映像に残されたのは、1966年。初演から17年後、テレビドラマが全米で最初に黄金時代を迎えていた時代である。シェイクスピアやテネシー・ウィリアムズなどの戯曲や文学作品のドラマ放送のシリーズの1本目として製作され、CBSテレビで放送された。テレビドラマの監督エリック・シーガルが作者ミラーと共同で原作をテレビ向けに短くカットして台本を用意した。スタジオ内に設置された事がわかるような家やオフィスのセットのみの映像だが、家の壁は薄い布でできており、照明の変化で壁の向こうの人物が見えてくる仕組みになっていて、過去の人物の登場などに効果的に用いられている。

 

リンダ役は初演や1951年の映画化と同じくミルドレッド・ダンノックである。この66年のテレビ版の時は65歳で、ウィリーの妻の役の重みをより自然に表現できるようになっていた。そのダンノック演じるリンダをコッブ扮するウィリーは、かなり声量ある怒鳴り方で叱り、文句を言う。例えば、冒頭の帰宅後の夫婦2人の会話では、特に3か所、その荒さを増して声を上げているセリフがある。一つはビフに癇癪をおこしてはいけないと妻に注意されたウィリーの「おれがいつ癇癪をおこした?」(7)というセリフである。フレデリック・マーチ版ではカットされていた部分だが、ここでは息子との問題を示す最初のセリフが感情的に強調されている。二つ目が、会話の途中で「なぜ窓を開けないんだい」(8)という彼の閉塞感が大声で強調される際である。そして最後が、自分の主張を声高に訴えるところで、「増えたんだよ、人間が!」(9) というセリフである。ここでは、他人の意見を聞き入れない頑迷さが強調され、こうした冒頭場面に彼が見せる迫力ある感情の高まりと存在感が、後の場面のビフとの衝突をより激しいものへと高めていくのである。

 

20世紀ニューヨークの怒れるリア

コッブのウィリーは過去の息子たちとの明るい場面でもその声量は大きく、まるでアメリカン・フットボールのコーチのようである。現在に戻り、なぜビフは盗んだと激怒する際には、大声を出すだけでなく、かなり激しくテーブルも叩いている。だが、こうした怒りの表現が大きければ大きいほど、ドラマが進むにつれて明らかになっていくウィリーの弱さや欺瞞も、より目立つものとなって見る者に映ってくる。彼がチャーリーのオフィスを訪れて息子のバーナードと話す場面がその良い例である。

 

ここでウィリーは、ビル・オリバーがビフを西部から呼びよせたと嘘をつくが、彼がその話をしている際に、バーナードはタバコを勧めて高級な金色のシガレット・ケースをウィリーに渡す。コッブ扮するウィリーは渡されたケースを手にするが、タバコを取る事はなく、話しながらもケースのふたを閉じ、ケース自体をしげしげと見つめてバーナードに返す。返されたバーナードが尋ねる次のセリフが皮肉な事に「おじさんは今でも前の会社ですか?」(10) なのである。コッブは「君がこんなに偉くなったのを見て、本当に嬉しいんだよ。」(11)という真の気持ちとは異なる言葉を語ろうとするが、それまで聞かれた大きな声は出ず、小声でつらそうに話していく。ドラマ評でも指摘されているように、原作にはないこのシガレット・ケースは「バーナードが手に入れた成功、地位、富の象徴であり、ウィリーと息子二人が何も手に入れる事ができなかった事をあざ笑っている」(12) のである。

 

リー・J・コッブが演じるウィリーは、息子ビフに対しても、命令だ!戻ってこいなどと自分の嘘を隠そうとして、怒鳴りつけるが、その声は威厳のある国王が怒鳴っていると思わせるほどの迫力で、まるで20世紀のニューヨークに登場したリア王のようだ。「ぼけてかんしゃくを起こすお年」(the infirmity of his age)(13)と長女ゴネリルにも陰で言われているリア王は、末娘コーディーリアの「言う事はなにも」(Nothing, my lord.)(14)という返答が気に入らず、声を荒げて怒り出す。リアは娘を追放してしまうが、その娘との再会やその先の永遠の別れには、互いを求めながらも良き関係を築けないウィリーとビフの二人に共通のものがある。ビフは劇の最後で“I’m nothing! I’m nothing!(15)と涙ながらに叫んで自分の真の姿を父親に訴えようとするのである。

 

確かにミラーの描いたのは、あくまでも「普通の人間」(the common man)(16)の悲劇であって、王侯貴族が主人公の物語ではないかもしれない。そこにはシェイクスピア劇のような悪党も登場しないし、戦争も描かれてない。だが、ウィリーにとっては、周囲の社会と人間関係、そして何よりも自分自身が悪党であり、戦いの相手なのだ。「だれでもいい、教えてくれ、わしはなにものだ。」(Who is it that can tell me who I am?)(17) と言うリアの迷いは、「心には嵐」(this tempest in my mind) (18) を抱えるウィリーの「おれはウィリー・ローマンだ」(19)という自信のあるような言い方の奥にも潜んでいる。リアは野草の花を身につけて野原に現われ、ウィリーは鍬を手にして庭に種を蒔く。

 

このテレビ版のウィリーを演じてから8年後の1969年、コッブは実際、ブロードウェイで『リア王』の舞台に立ち、悲劇の老王を演じている。『セールスマンの死』の舞台から20年後、彼が58歳の時。これが最後の舞台出演であった。

 

このリー・J・コッブ主演のテレビ版が放送された1966年、ウィリーとリンダ以外のキャストを変えた朗読版が録音された。この時の録音でもコッブの迫力あるセリフ回しは耳にする事ができる。だが、この録音盤で注目すべきは、脇役を演じている一人の若き俳優である。それはウィリーの隣の家のチャーリーの息子、バーナードを演じていた若き日のダスティン・ホフマンである。当時まだ20代後半だったホフマンは、ビフの成績を心配するバーナードの慌てぶりと成人してからのオフィスでの落ち着いた話しぶりを見事に演じ分けている。それから18年が経過、彼はブロードウェイの舞台に立ち、主役のウィリー・ローマンを演じ、さらにその翌年、テレビ映画版に出演することになるのである。

 

 

 注 釈

 (1)  内田洋一『日本経済新聞』227

 (2)  ラズロ・ベネデック「映画『セールスマンの死』の演出」『悲劇喜劇』(早川書房、195210月号p. 71. 

 (3) アーサー・ミラー『セールスマンの死』倉橋健訳(早川書房、2006)  p. 18.

 (4) Ibid, p.46. 原文の引用はArthur Miller, Death of a Salesman (The Viking Critical Library ed. by Gerald Weales, 1967), による。p.34.

 (5)  Arthur Miller, “Introduction,” Arthur Miller’s Collected Plays (Viking Press, 1957), reprinted in Robert A. Martin, ed., The Theater Essays of Arthur Miller (Viking Press, 1978), p. 139.    

 (6)  Brenda Murphy, MILLER Death of a Salesman (Plays in Production Series, Cambridge Univ. Press, 1995), p. 15.

 (7) ミラー『セールスマンの死』p. 16.

 (8) Ibid, p. 18.

 (9) Ibid, p. 19.

 (10)  Ibid, p. 139.

 (11)  Ibid, p. 140.

 (12)  Robert Lewis Shayon, “Death of a Salesman,” Saturday Review 49 (28 May 1966), p.39, quoted in Murphy, p.160.(日本語訳は拙訳による)

 (13) ウィリアム・シェイクスピア『リア王』小田島雄志訳(白水社、1983p. 28. (I,, 292. 原文の引用はThe Complete Works of William Shakespeare ed. by Peter Alexander (Collins, 1951)による。

 (14)  Ibid, p.23. (,, 86)

 (15)  Arthur Miller, Death of a Salesman (The Viking Critical Library, Penguin, 1979), p.133. 

 (16)  Arthur Miller, “The Tragedy and the Common Man,” in ibid, p. 143.    

 (17)  シェイクスピア『リア王』p. 53. (I, , 229)

 (18)  Ibid, p.123. (, , 12)

 (19)  ミラー『セールスマンの死』p. 209.

 

 


「名優たちのウィリー・ローマン(2)」に続きます。

 

 

 

 

 

 

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    演劇学部推薦公演(2019年秋期)

   

  

    映画学部推薦作品(2019年秋期)

   

  



  

オンライン映画演劇大学は映画と

演劇を幅広く紹介、解説、研究する

オンライン上の教育・文化活動です。

文部科学省の認可は受け ていませんが、実際の大学での授業と連携した情報や研究も掲載しています。

  



  

   <9月の推薦作品>

  ・ 演劇学部推薦公演

  ・ 映画学部推薦作品

  



  

     <新着記事・講座>

  

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・ 2019年 秋期

      観劇レポート対象作品

     が発表されました。

             (19/9/16)

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・ 2019年 秋期

      映画レポート対象作品

     が発表されました。

             (19/9/15)

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・ 2019年 IMDb

     外国映画ベストテン

    (資料作成: 今村直樹)

             (19/8/24)

Update

・ 2019年英米演劇上演予定

             (19/8/8)

 

・ 『英国万歳!』で

     朗読される

     『リア王』の名場面

     が掲載されました。

             (19/5/31)

 

・ 『英国万歳!』

   〜登場人物・物語の解説

     が掲載されました。

             (19/5/30)

 

・ ミュージカル

   She Loves Me のすべて

     が掲載されました。

             (19/5/5)

 

・ 映画学部主催の新講座

   アカデミー賞と

     アメリカ映画の歴史

     講座内容・予定が

     発表されました。

             (19/5/1)

 

・ オンライン映画演劇大学

     英米演劇大賞2018

    (受賞作・受賞者の発表)

 

・ オンライン映画演劇大学

     シネマグランプリ2018

    (受賞作・受賞者の発表)

 

・ 2018年 (第92回)

     キネマ旬報ベストテン

 

・ 2018年 IMDb

     外国映画ベストテン

    (資料作成: 今村直樹)

 


  

 

 

 〜優秀賞の発表と選評〜

  


  

・ 2017年 IMDb

     外国映画ベストテン

    (資料作成: 今村直樹)

  




  

<過去の主要記事・講座>

  

     【シェイクスピア学科】

  

        (講師: 広川治)

・ 講座概要・予定

・ 第1回  シェイクスピアって

                 ヤバくない?

・ 第2回  恋人たちの

                 シェイクスピア

・ 第3回  軍隊で

            シェイクスピア?

・ 第4回  アクション・スター

            がハムレット

・ 第5回  俳優たちの

                 『ハムレット』

・ 第6回  国王のための

                 名せりふ

・ 第7回  宇宙の彼方の

                 シェイクスピア

  




  

     【アメリカ演劇学科】

  

・  『エンジェルス・イン・

       アメリカ  第1部』

      (解説: 篠山芳雄)

  

・  アーサー・ミラー

  『セールスマンの死』研究

  (講師: 篠山(ささやま)芳雄)

  


  

 

  (講師: 小島真由美)

・ 講座概要

・ 作品リスト

・ 映画リスト

・ 第1回入門編

・ 第2回 『カム・ブロー・

              ユア・ホーン』

・ 第3回 『はだしで散歩』

・ 第4回 『おかしな二人』

・ 第5回

    『スウィート・チャリティ』

 原作: 映画『カビリアの夜』

          初演(1966年)

映画『スウィート・チャリティ』

                   *

・ 第6回 映画 『紳士泥棒

          大ゴールデン作戦』

・ 第7回 『星条旗娘』

・ 第8回 『プラザ・スイート』

・ 第9回 『浮気の終着駅』

・ 第10回 『ジンジャー

               ブレッド・レディ』

  




  

     【イギリス演劇学科】

  

・  ワイルド流喜劇のレシピ

      オスカー・ワイルド

      『まじめが大切』論

      (講師: 石田伸也)

  

・ テレンス・ラティガンを観る

         『深く青い海』

        (講師: 広川治)

 

・    『ローゼンクランツと

ギルデンスターンは死んだ』

      (解説: 石田伸也)

  

・   ミュージカル

    『ビリー・エリオット』

   〜英語の歌詞に見る

       団結、自由、信念〜

        (講師: 広川治)

  


  

    

      + 観劇レポートより

  




  

 【映画学部・映像文化学科】

  

・  カズオ・イシグロ

   『日の名残り』の映画化

      (講師: 篠山芳雄)

  

・ キネマ旬報ベストテン分析

      (講師: 今村直樹)

  

  <2017年夏>

     世界の映画を観る、

        映画で世界を見る

  


  

    

  




  

 (詳細な目次については

  CONTENTSページ参照)

  

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   演劇学部推薦公演

    (2019年8月)

  

   ヘンリー六世 三部作

       リチャード三世

       (カクシンハン)

作: シェイクスピア

翻訳: 松岡和子

演出: 木村龍之介

主演: 河内大和、真以美

        (7/25〜8/12)

  


  

       人形の家part2

         (パルコ)

 作: ルーカス・ナス

 翻訳: 常田景子

 演出: 栗山民也

 主演: 永作博美

        (8/9〜9/1)

  


  

    ブラッケン・ムーア

          (東宝)

作:アレクシ・ケイ・

         キャンベル

翻訳: 広田敦郎

演出: 上村聡史

主演: 岡田将生、木村多江

        (8/14〜27)

  

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 映画学部推薦作品 (新作)

  

 (2018年洋画推薦作品)

   


  

 『スリー・ビルボード』

   2/1〜  公式サイト

 『タクシー運転手

    約束は海を越えて』

   4/21〜  公式サイト

 『フロリダ・プロジェクト

     真夏の魔法』

   5/12〜  公式サイト

 『ワンダー  君は太陽』

   6/15〜  解説ページ

 『ブリグズビー・ベア』

   6/23〜  公式サイト

  


  

 『判決、

     ふたつの希望』

   8/31〜  公式サイト

 『1987、

     ある闘いの真実』

   9/8〜  公式サイト

 『バッド・ジーニアス』

   9/22〜  公式サイト

 『search サーチ』

   10/26〜  公式サイト

 『ボヘミアン・ラプソディ』

   11/9〜  公式サイト

 『アリー/ スター誕生』

   12/21〜  公式サイト

  



  

 (2019年1月推薦作品)

 『バジュランギおじさんと、

   小さな迷子』

   1/18〜  公式サイト

  


  

 (2019年2月推薦作品)

 『メリー・ポピンズ

     リターンズ』

   2/1〜  公式サイト

 『女王陛下のお気に入り』

   2/15〜  公式サイト

  


  

 (2019年3月推薦作品)

 『グリーンブック』

   3/1〜  公式サイト

 『ブラック・クランズマン』

   3/22〜  公式サイト

  


  

 (2019年4月推薦作品)

 『僕たちのラストステージ』

   4/19〜  公式サイト

 『幸福なラザロ』

   4/19〜  公式サイト

  


  

 (2019年5月推薦作品)

 『ドント・ウォーリー』

   5/3〜  公式サイト

 『僕たちは希望という

      名の列車に乗った』

   5/17〜  公式サイト

  


  

 (2019年6月推薦作品)

 『SANJU/サンジュ』

   6/15〜  公式サイト

 『パピヨン』

   6/21〜  公式サイト

  


  

 (2019年7月推薦作品)

 『COLD WAR

      あの歌、2つの心』

   6/28〜  公式サイト

 『Girl/ガール』

   7/5〜  公式サイト

  


  

 (2019年8月推薦作品)

『存在のない子供たち』

   7/20〜  公式サイト

 『シークレット・

      スーパースター』

   8/9〜  公式サイト

  

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