映画「立ち去った女」

  • 2017.10.22 Sunday
  • 15:00

 


 

  オンライン映画演劇大学映画学部推薦作品

 

    「立ち去った女」

 

  (2016年フィリピン映画)

  監督・脚本・撮影・編集:ラブ・ディアス

  出演:チャロ・サントス・コンシオ

     ジョン・ロイド・クルズ

 

 

 

今年はフィリピン映画の秀作「ダイ・ビューティフル」「ローサは密告した」がすでに公開されているが、いよいよべネシア国際映画祭で金獅子賞を受賞した真打ちの登場である。フィリピンの社会に深く根ざした作品でありながらも、時代や場所を超越した人間の罪と赦し、闇と光、歪みと癒しが静謐なモノクロの映像で描かれている。

 

30年間、覚えのない殺人の罪で投獄された女性ホラシアは、殺人事件の黒幕がかつての恋人ロドリゴであったと知り、出所後に復讐を決意する。だが復讐はこの映画の枠組にすぎない。映画が見せてくれるのは、ホラシアがロドリゴに近づこうとする過程で出会う様々な人々…子供の病気の治療代もままならぬ貧しい卵売りの男、知的障害があるホームレスの若い女性、病気や偏見に苦しむ孤独なゲイなど、社会の底辺で呻く彼らとホラシアの間に生まれる極めて人間的な交流である。

 

こんな物悲しくも微笑ましい場面がある。ホラシアが心を許し合える仲になったゲイのホランダと酒を飲み、部屋で歌を楽しそうに歌う場面である。ホラシアが夜、目を覚ますと、ホランダが居間で一人、お気に入りの歌であるらしい「屋根の上のバイオリン弾き」の哀愁に満ちた主題歌「サンライズ・サンセット」を歌っている。「陽は昇り陽は沈む」と歌われるこの歌は、ミュージカルでは流浪の民となるユダヤ一家の人生を象徴するような歌なのだが、ホランダもまた故郷を離れ、行く当てのない絶望の旅を続けているような人間である。それはホラシアも同じこと。彼女の場合、故郷の島に戻っているが、その帰郷の目的は絶望の延長上にある。二人は共に「陽は昇り、陽は沈む」と歌って盛り上がるが、次にホランダが選んで歌う歌には絶望ではなく、未来への儚い望みが込められている。その歌はミュージカル「ウエストサイド物語」のSomewhere。原作舞台では第2幕で、映画化ではナタリー・ウッドとリチャード・ベイマーが、対立する人種の恋人同士として切なく歌い上げる名曲である。

 

 There's a place for us,

 Somewhere a place for us.

 Peace and quiet and open air

 Wait for us

 Somewhere

 

 There's a time for us,

 Some day a time for us,

 Time together with time to spare,

 Time to learn, time to care,

 Some day!

 

 Somewhere.

 We'll find a new way of living,

 We'll find a way of forgiving

 Somewhere . . .

 

 きっとあるって信じてる

 きっとどこかに皆のため

 平和で静かで自由な場所が

 どこかで

 皆を待っている

 

 きっと来るって信じてる

 きっといつか皆のため

 共に生きるその時が

 誰もが学び愛し合う

 そんな時がいつの日か

 

 どこかで

 新たな人生が

 罪を許せるその時が

 きっとどこかで訪れる

 

何気なく楽しそうに歌われているものの、この歌にはホラシアとホランダの、そして独裁政治下のフィリピンの人々の切なる願いが込められている。ただしこの映画を単純なハートウォーミング・ムービーと思わないでほしい。感動的に盛り上げる音楽は一切流れない。カメラもワンシーン・ワンカットで観客との間に客観的な距離を冷静に保っている。その一方で社会問題を告発するリアリズムの範疇に収まらない作品であることも映像が証明している。カメラに収められたフィリピンの街の映像が荒廃した社会の現実なのは確かだが、モノクロの陰影と3時間48分という長尺の上映時間が具体的な場所と時間を忘れさせ、聖と俗の伝説物語を紡ぎ出す役目を果たしている。

 

映画ではラジオのニュースがしばしば背景に流れ、頻発する誘拐事件を繰り返し報道している。だがラヴ・ディアス監督はドストエフスキーの『罪と罰』に触発され、2013年の『北―歴史の終わり』を撮っており、本作もトルストイの作品が出発点となっているだけあって、文学的な香りに富んだ人間ドラマに仕上がっている。繰り返し寓意に富んだ物語が朗読され、ホラシアも寓話のようなものをノートに綴っている。そこで問われているのは、宗教や人種を越えて共有されうる“苦難”というものの意味であり、観客が目にするのは存在のありかを求めて彷徨う人間の哀しい姿である。「立ち去った女」を観る――それは記憶と意識の奥底に永遠に刻まれる強烈な映像体験となるだろう。(山中達弘・映画評論家/歌詞翻訳=広川  治)

 

  

  

  

  

 


 

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contents

  

    演劇学部推薦公演(2019年秋期)

   

  

    映画学部推薦作品(2019年秋期)

   

  



  

オンライン映画演劇大学は映画と

演劇を幅広く紹介、解説、研究する

オンライン上の教育・文化活動です。

文部科学省の認可は受け ていませんが、実際の大学での授業と連携した情報や研究も掲載しています。

  



  

   <3月の推薦作品>

  ・ 演劇学部推薦公演

  ・ 映画学部推薦作品

  



  

     <新着記事・講座>

  

New

・ シネマグランプリ2019

   ノミネート・受賞の発表

            (2020/3/1)

New

・ 英米演劇大賞2019

   優秀賞・最優秀賞の発表

            (2020/3/1)

Update

・ 主要映画賞候補作

   公開スケジュール(2020)

              (2020/2/18)

Update

・ 2020年 IMDb

     外国映画ランキング

    (資料作成: 今村直樹)

  現時点でのベスト3は

  .僖薀汽ぅ函身消浪爾硫搬

  1997 命をかけた伝令

  フォードvsフェラーリ

                 (2020/3/1)

Update

・ 2020年英米演劇上演予定

             (2020/2/18)

Update

・ 2019年 IMDb

     外国映画ランキング

    (資料作成: 今村直樹)

  ベスト3は

  .献隋璽ー

  ▲▲戰鵐献磧璽/エンドゲーム

  スパイダーマン:スパイダーバース

                 (2020/2/18)

  

・  映画レポート・Netflix

      オリジナル作品

  『アイリッシュマン』『マリッジ・ストーリー』と関連作品をレポート対象作として追加しました。

            (19/11/17)

  

・ 

      「アナと雪の女王」

    (演技コース参考動画)

            (19/11/16)

  

・ 

   「グレイテスト・ショーマン」

    (演技コース参考動画)

             (19/11/10)

  

 文京学院大学・特別講座

     を紹介します。

・  映画を学ぶ、映画で学ぶ

  (講師:桑子順子ほか/10月2日より)

・  映画を研究しよう!

  (講師:広川治ほか/10月19日土曜)

・  カウボーイとジェンダー

  (講師:塚田幸光/11月15日金曜)

             (19/9/29)

  

・ 2019年 秋期

      観劇レポート対象作品

     が発表されました。

             (19/9/16)

  

・ 2019年 秋期

      映画レポート対象作品

     が発表されました。

             (19/9/15)

  

・ 2019年英米演劇上演予定

             (19/8/8)

 

・ 『英国万歳!』で

     朗読される

     『リア王』の名場面

     が掲載されました。

             (19/5/31)

 

・ 『英国万歳!』

   〜登場人物・物語の解説

     が掲載されました。

             (19/5/30)

 

・ ミュージカル

   She Loves Me のすべて

     が掲載されました。

             (19/5/5)

 

・ 映画学部主催の新講座

   アカデミー賞と

     アメリカ映画の歴史

     講座内容・予定が

     発表されました。

             (19/5/1)

 

・ オンライン映画演劇大学

     英米演劇大賞2018

    (受賞作・受賞者の発表)

 

・ オンライン映画演劇大学

     シネマグランプリ2018

    (受賞作・受賞者の発表)

 

・ 2018年 (第92回)

     キネマ旬報ベストテン

 

・ 2018年 IMDb

     外国映画ベストテン

    (資料作成: 今村直樹)

 


  

・ 2017年 IMDb

     外国映画ベストテン

    (資料作成: 今村直樹)

  




  

<過去の主要記事・講座>

  

     【シェイクスピア学科】

  

        (講師: 広川治)

・ 講座概要・予定

・ 第1回  シェイクスピアって

                 ヤバくない?

・ 第2回  恋人たちの

                 シェイクスピア

・ 第3回  軍隊で

            シェイクスピア?

・ 第4回  アクション・スター

            がハムレット

・ 第5回  俳優たちの

                 『ハムレット』

・ 第6回  国王のための

                 名せりふ

・ 第7回  宇宙の彼方の

                 シェイクスピア

  




  

     【アメリカ演劇学科】

  

・  『エンジェルス・イン・

       アメリカ  第1部』

      (解説: 篠山芳雄)

  

・  アーサー・ミラー

  『セールスマンの死』研究

  (講師: 篠山(ささやま)芳雄)

  


  

 

  (講師: 小島真由美)

・ 講座概要

・ 作品リスト

・ 映画リスト

・ 第1回入門編

・ 第2回 『カム・ブロー・

              ユア・ホーン』

・ 第3回 『はだしで散歩』

・ 第4回 『おかしな二人』

・ 第5回

    『スウィート・チャリティ』

 原作: 映画『カビリアの夜』

          初演(1966年)

映画『スウィート・チャリティ』

                   *

・ 第6回 映画 『紳士泥棒

          大ゴールデン作戦』

・ 第7回 『星条旗娘』

・ 第8回 『プラザ・スイート』

・ 第9回 『浮気の終着駅』

・ 第10回 『ジンジャー

               ブレッド・レディ』

  




  

     【イギリス演劇学科】

  

・  ワイルド流喜劇のレシピ

      オスカー・ワイルド

      『まじめが大切』論

      (講師: 石田伸也)

  

・ テレンス・ラティガンを観る

         『深く青い海』

        (講師: 広川治)

 

・    『ローゼンクランツと

ギルデンスターンは死んだ』

      (解説: 石田伸也)

  

・   ミュージカル

    『ビリー・エリオット』

   〜英語の歌詞に見る

       団結、自由、信念〜

        (講師: 広川治)

  


  

    

      + 観劇レポートより

  




  

 【映画学部・映像文化学科】

  

・  カズオ・イシグロ

   『日の名残り』の映画化

      (講師: 篠山芳雄)

  

・ キネマ旬報ベストテン分析

      (講師: 今村直樹)

  

  <2017年夏>

     世界の映画を観る、

        映画で世界を見る

  


  

    

  




  

 (詳細な目次については

  CONTENTSページ参照)

  

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   演劇学部推薦公演

      (2020年3月)

  

          グロリア

    (赤坂レッドシアター)

作: ブランデン・

     ジェイコブ-ジェンキンス

翻訳: 小田島恒志・則子

演出: 古城十忍

  


  

     リーマン・トリロジー

         (NT Live)

原作:ステファノ・マッシーニ

翻訳: ベン・パワー

演出: サム・メンデス

主演: サイモン・ラッセル・

          ビール

       (3/6 一夜限定)

       (3/7〜13)

     

  


  

           ピサロ

      (PARCO劇場)

作: ピーター・シェーファー

翻訳: 伊丹十三

演出: ウィル・タケット

主演: 渡辺謙

        (3/13〜4/20)

  


  

       マクベスの悲劇

    (俳優座劇場5F稽古場)

作: ウィリアム・

         シェイクスピア

翻訳: 近藤弘幸

演出: 森 一

        (3/15〜31)

  


  

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 映画学部推薦作品 (新作)

  

 (2018年洋画推薦作品)

   


  

 『スリー・ビルボード』

   2/1〜  公式サイト

 『タクシー運転手

    約束は海を越えて』

   4/21〜  公式サイト

 『フロリダ・プロジェクト

     真夏の魔法』

   5/12〜  公式サイト

 『ワンダー  君は太陽』

   6/15〜  解説ページ

 『ブリグズビー・ベア』

   6/23〜  公式サイト

  


  

 『判決、

     ふたつの希望』

   8/31〜  公式サイト

 『1987、

     ある闘いの真実』

   9/8〜  公式サイト

 『バッド・ジーニアス』

   9/22〜  公式サイト

 『search サーチ』

   10/26〜  公式サイト

 『ボヘミアン・ラプソディ』

   11/9〜  公式サイト

  



  

 (2019年洋画推薦作品)

 『バジュランギおじさんと、

   小さな迷子』

   1/18〜  公式サイト

 『女王陛下のお気に入り』

   2/15〜  公式サイト

 (2019年3月推薦作品)

 『グリーンブック』

   3/1〜  公式サイト

 『COLD WAR

      あの歌、2つの心』

   6/28〜  公式サイト

 『シークレット・

      スーパースター』

   8/9〜  公式サイト

  


  

 『ホテル・ムンバイ』

   9/27〜  公式サイト

 『ジョーカー』

   10/4〜  公式サイト

 『盲目のメロディ』

   11/15〜  公式サイト

 『アイリッシュマン』

   11/15〜  公式サイト

 『マリッジ・ストーリー』

   11/29〜  公式サイト

  



  

 (2020年1月推薦作品)

 『パラサイト/半地下の家族』

   1/10〜  公式サイト

 『ジョジョ・ラビット』

   1/17〜  公式サイト

  


  

 (2020年2月推薦作品)

 『ナイブズ・アウト

  名探偵と刃の館の秘密』

   1/31〜  公式サイト

 『1917 命をかけた伝令』

   2/14〜  公式サイト

  

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   Music for Live Show

    (2019年10月)

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